かつて「褒め殺しの上田」と呼ばれたことも

大竹:いつ頃ですか。

上田:40歳ぐらいのときだったかな。

 僕は当時、伊藤忠商事の子会社に出向していたんだけど、親会社の私の出身部が危機的な状況に陥っていたわけ。それで急きょ、私が子会社から呼び戻されて、とりあえず部長代行になって、いろいろと実務をやって1年後に部長として部の再生を任されたんです。

 その部は部員が50人くらいいたわけ。その中で、僕は年齢からして上から数えてちょうど真ん中だったのよ(笑)。25人が元先輩や元上司。

大竹:突然、25人抜きをしてしまった。

上田:結果的にね。当時、その部署は消滅の可能性すら囁かれるくらいの危機的な状況だった。

大竹:出向していて、まさに渦中にいなかった上田さんが、若かったけれども抜擢されたというわけですね。

上田:部長になって、さて、何をやろうかと考えたんですよ。あらゆる面で構造改革をしなきゃいけなかったんです。そんなときに「これをやりましょう」「あれをやりましょう」と言うと、25人の先輩たちが「できるわけないだろう」とか「そんなことを俺はやってやれんよ」とか言うわけだよ。

 だけど、僕は「これをやらなかったら部が消滅してしまいます」と言ったわけ。「僕は出向していたから、まずは現状を認識した上で、やるべきことをやらないといけません」とね。構造改革をやるためにも、先輩たちに「手伝ってください」「教えてください」と言い続けたんです

 会議をやっていると、「そんなことはできない」と先輩たちは言うんだよね。相談してくれた方と同じ状況だよ。そういう状況で、「今までの流れの中で一番よく知っているのは先輩なんですから、本当にお願いします」と言うんです。やるべきことを実行する上で、何が障害となっていて、その障害をどうやったら乗り越えられるかは、本当に先輩たちの力を借りないと考えられなかったから。

 で、それを聞き出すためにも、褒めるんです。

 「そんなのはできないよ」と先輩が言ったら、すかさず「どうしてできないんでしょうか。やらなきゃいけないことなんです。できないと言ってしまったら、部が消滅してしまします」と聞く。すると、「こういう問題があるから、できないんだ」と先輩は得意気に言う。そこで褒める。徹底的に。「なるほど!そこに問題があったんですか。さすがです、先輩。私では到底、気が付きませんでした」と。

大竹:正論をぶつけつつ、できない理由を向こうが言ったところで、それを褒める。なるほどと(笑)。

上田:褒めて褒めて、褒めまくる。「なるほど、さすがです」と。

 そんなことを言い続けていたら後年、僕は「褒め殺しの上田」なんて言われていたらしい(笑)。僕より下の若い部員たちが、「うちの部長は褒め殺しで人を使う」なんてね。「あんな難しい人でも、思い通りに使っている」とか。

 だから、悩みを打ち明けてくれたあなたも、こういうタイプの部下はまず褒めることです。ただし、1対1で言ったって、きっと彼女は「何よ」という感じで反発してくるかもしれない。だから、チーム全員がいる会議などの場で「素晴らしい。すごい」と褒めるんですよ。

 彼女は腹の中で、あなたのことを「このやろう」と思っていたとしても、みんなの前で褒められたら嫌な気はしません。しかも、「その困難を打開する考えを、ぜひとも教えてください」なんて言われたら、他の部下たちも注目する中で、彼女も今度はいいことを言わなきゃいけないという立場になって、解決策を考え出すんです。