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「次回の打ち合わせで、意思決定者である上司の方にご同席をいただけませんか」
ある若手営業メンバーの商談に同行をしていたときのことです。こちらの営業が発したせりふに対して、担当者の表情が少し曇りました。「そうですね、部長も今はかなり忙しくしておりますので…」
「目の前の担当者とだけお話ししていても、なかなか意思決定をしていただけないのでは」という焦りが、営業の心情としてはあったのでしょう。
実際、コンペの検討締切日はどんどん迫っていました。私たちの会社は、実質的な意思決定者であると思われる部長にまだ会うことができないままでした。
「キーパーソンに会うべし」は定石だが
さて、営業の定石として「キーパーソンに会うべし」があります。特に法人営業においては、目の前の担当者から得られる情報だけに頼って提案を進めていくのは危険です。キーパーソンに接触できていないと、会社としての課題に刺さった提案にならないというのはよくあることですね。
一方でキーパーソンというのは得てして非常に忙しく、なかなか会わせていただけません。この、「キーパーソンに会えない問題」は、営業をされている方であえば、必ず一度は直面する悩みでしょう。
しかし、ただ単に「上司に同席してほしい」というだけでは、こちらのリクエストに応じていただけないことが多いのが現実です。
「上司の方にご同席をいただけませんか」。この営業マンのせりふの裏には、受注の決定権を握っている上司と直接商談をすることで、早く受注を獲得したいという意図があります。しかし、このせりふを使う場面、実は注意が必要なのです。
というのも、目の前にいる担当者の方が自分の味方になってくれていて、なおかつ上司に対して影響力を持っている状況でないと、上司の方を同席いただくのは難しいどころか、かえって相手に悪印象を与えてしまうことがあるからです。
もう少し、具体的な説明をしましょう。一般に、このような「上司が不在のケース」における同席依頼への対応は、以下のように整理することができます。
もし、「担当者が既に当社の味方であり、上司に影響を及ぼせる状態」(A)であれば、目の前の担当者は営業マンの味方であり、なおかつ上司に対して働きかけられるので、力になってくれる可能性が高いといえます。同席依頼に対しても、快く応じてくださるでしょう。
一方、「担当者は当社の味方だが、上司に影響を及ぼすことが難しい状態」(B)であれば、目の前の担当者は営業マンの味方ではあるものの、現状では上司に対する影響力は小さいということになります。
担当者は上司を同席させることにためらう可能性が高いでしょう。例えば、「ただでさえ多忙な自分の上司に対して、部下が余計な時間を割かせてしまう」というのは気が引ける、という心理が担当者の中に起こることもあります。
上司から「わざわざ自分の手を焼かせる、できない部下」のようなレッテルを貼られたくないと担当者が思ってしまえば、上司の同席には躊躇される場合が多くなります。
こうしたBのケースにおいては、「上司が同席しなくてはならない(した方が望ましい)理由」を、担当者と共に作っていく必要があります。同席する理由を一緒に作っていくことで、担当者も上司に対して説明がしやすく、本人にとっての負担も軽くすることができるので、Aのケースに近づいていきます。
悪印象を与えてしまうことがある
また、「担当者は上司に影響を及ぼせるが、こちらの味方ではない状態」(C)であれば、目の前の担当者にいきなり「上司の方を同席いただけませんか」と依頼すると、悪印象を与えてしまうことがあります。
この場合のリスクは、「あなたは重要な人物ではありません」というサインをこちらから送ってしまうことです。
このような場面においては、上司の同席依頼よりも、まず営業マンが目の前の担当者を巻き込むことで自分の味方になっていただくというプロセスが必要です。うまく営業マンの味方につけることができれば、Aのケースのように協力を得られる可能性が高くなります。
そして、「担当者はこちらの味方になっておらず、上司に対して影響をおよぼすことも難しい状態」(D)。これは難しいです。「上司も忙しいので…」などとはぐらかされることが多くなります。
このような場面においてはすぐに協力を得ることをいったん置いておき、段階的にアプローチをする必要があります。具体的には、まず営業マン側から先方の担当者を巻き込んで味方につけ(この時点でBのケースに移行する)、その上で上司の方が同席しなくてはならない理由を担当者と共に作っていくという段階を経ることが有効です。
いずれのケースにしても、「上司の方を同席いただけませんか?」と伝える前に、まずは目の前の担当者について、「当社の味方なのかどうか」及び「上司に対する影響力はどうか」をしっかりと見極める必要があります。
ある程度の交際期間がたっているから、だけれど
これまでお伝えしてきたように、状況によって、担当者に対する上司の同席依頼がうまくいく場合とそうでない場合があります。
しかし、いざ、お客様を目の前にしたリアルの商談になると、「頭の中ではわかっていても、担当者の状態を見極めて、必要に応じて巻き込んでいく」プロセスをまどろっこしく感じることもあるでしょう。そのようなとき、どう考えたらよいのでしょうか。難しいところです。
仕事とは別の話題になりますが、以前、若手のメンバーが、ある程度の交際期間にあった相手へプロポーズする前、相手の気持ちを確かめるために、「親に会わせてほしい」と持ちかけた話をしてくれたことがありました。
その話を詳しく聞いてみると、「自分としては、ある程度の交際期間がたっているからそろそろ結婚を…、と思っているものの、相手にその素振りが見られない」という状況だったそうです。
そこで、まだ先方の親には会っていなかったため、結婚を意識しているのかどうかを確かめるために、「親に会わせてほしい」と持ちかけ、無事に先方の親御さんにご挨拶ができて、めでたく結婚に至ったとのこと。
心の準備ができていない相手にプレッシャー
確かに、キーパーソンである親の反対があっては結婚も難しくなりますから、結婚を許していただけるように先方の親へご挨拶するというのは、事前のタイミングであった方がよいでしょう。相手の背中を押す手段として、「親への挨拶」というイベントを打診するということですね。
なるほど、そういうアプローチもあるのかと思いウェブサイトで調べてみると、どうやら「結婚を決断してくれない相手に対するクロージング(!?)の前振りとして、まだ会っていない親への挨拶を打診する」というのはよくある話のようです。
しかし、ここで注意しなければならないのは、もしまだ相手がまったく結婚を意識していないにも関わらず、「親に会わせてくれないか」と迫ってしまうと、心の準備ができていない相手が大きなプレッシャーを感じかねない、ということです。
「タイミングが早すぎる両親へのご挨拶」が、その気になっていない相手(目の前の本人)に対して持ちかけられることで、ときにそれが「躊躇する」「はぐらかす」という行動を誘発するわけです。まずは目の前の相手をしっかり巻き込んでから、なのです。
では、冒頭の話に戻りましょう。
「ご自身は、どうお感じになりますか」
担当者に対する上司の同席依頼に、先方から「そうですね、部長も今はかなり忙しくしておりますので…」と、それとなく躊躇するコメントが返ってきました。
こちらの若手営業メンバーは、その返事に対してどう返してよいかわからず、少しの間、沈黙が場に走りました。「もう少しプッシュするのは強引すぎるだろうか」「とはいえ、目の前の担当者にだけアプローチしていても受注には結びつかなさそう…」。難しい局面です。
私は、間を見計らって、担当者の方に質問しました。「ごく個人的なご意見で構わないのですが、○○さん(目の前にいる担当者のお名前)ご自身は、当社の提案に対して、どうお感じになりますか」
私の質問に対して、担当者は「そうですね、私の意見ですか…」と、少し戸惑った反応を示されました。
そこで、続けて私は「例えば、どちらかというと当社の提案が他のご提案よりも良さそうだとお感じになっているのか、それとも、当社の提案は他社様のご提案とあまり変わらないと感じられているのかで言うと、いずれに近いイメージでしょうか」と質問を深掘りしました。
私の問いかけに対して、担当者の方は「私は個人的に、御社のご提案が良さそうだと感じているのですが、実は、上司が昨年お願いした会社さんのサービスも気に入っているところがありそうで、そのあたり、私がどう立ち回ったらいいのかなと思いまして…」と返答されました。
どのあたりをポジティブに感じているのか
これは、さっきの図でいうところの「担当者は当社の味方だが、上司に影響をおよぼすことが難しい状態」(B)に当たります。ケースが特定されれば、アプローチは明確です。
私は続けて、「個人的に当社のご提案を評価いただいているとのこと、ありがとうございます。もしよろしければ、具体的にどのあたりをポジティブに感じていらっしゃるのか、教えていただけませんか」と、担当者に対して投げかけました。
そうすると、担当者の方は、当社の提案に対して良いと感じていることだけでなく、実は他社が行った昨年のサービス提供内容についても100%満足はされていない様子が見えてきました。
私たちは、そこで担当者の方と一緒に「昨年を上回るものを実現するにはどうしたらよいか」のディスカッションをしましたが、後半になって、担当者の方は「できたら当社の提案でいきたい」という様子が見えてきました。
打ち合わせの時間が終わり際にさしかった時、担当者はおっしゃいました。「私も、上司に対してどう持ちかけるかが見えてきました。もし可能でしたら、来週、上司と一緒に今日のような議論をしていただけないでしょうか」
こうして、私たちは上司を交えたディスカッションに持ち込むことができ、無事に受注へと至りました。
さて、「キーパーソンに会えない問題」について今回は書きました。「目の前の担当者の状況が見えていない中、焦って同席を依頼してしまう」というのは、「プロポーズ前の、早すぎる両親へのご挨拶」のようなものです。
気が急いて担当者の心情や状況を無視したまま進めてしまうより、「まずは目の前の人をしっかりと巻き込む」ことによって、気持ちよく「イエス」のお返事をいただきたいものですね。
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