実は特許というものは、発明者本人だけでなく、弁理士や知財部門、特許庁など複数の専門家がコミュニケーションを取りながら作成されており、他の技術文書に比べてかなり共通の構造を持っています。これは、その特許が獲得している権利範囲が売買の対象であることも寄与しています(上場企業同士のIRは、非上場企業のIRと比べると情報内容が揃っているのと似ています)。特許の基本的な構造を知っていれば「その中の一部から、何らか有益なヒントを得る」のはそう難しくはありません。そして発明原理を介すると、そうして得られたヒントを他の方と分かち合える、価値あるアウトプットとして再編集しやすくなります。論より証拠、ご一緒に特許の原文(枠囲み)から価値を分かち合っていきましょう。

 まずは、なぜその特許(今回ならコーヒー抽出方法)を出すほどの工夫が必要なのか、特許にはそれは【背景技術】として書いてあります。該当箇所を抜き出しますと

【背景技術】
【0002】
 コーヒーの味を左右する要素として、コーヒー豆の種類、コーヒー豆の挽き方、コーヒー豆( 粉) の量、抽出する際の湯の温度、抽出時間などが挙げられる。例えば、抽出時間は一般的に短い方が好ましい。これは、抽出時間が長くなると、抽出されたコーヒーの酸味や苦味が強くなり、又、そのコーヒーの温度も下がるからである。

 さてこの課題の文章だけでも、第1回の<#21高速実行原理>を意識すれば、「コーヒーの世界では、抽出時間は短い方がいい」という“(異分野では解決済みの)問題解決のコツ”が1つ抜き出せます。そう考えてみれば、抽出時間が短いエスプレッソが好まれるのも、この<#21高速実行原理>なのかな、と自分の経験と繋いで理解できます。

 しかし、単に抽出時間を短くするだけではトレードオフがあるようです。特許はたいてい、なんらかのトレードオフを解決していますから、そのつもりでナナメ読みしていくと、以下の部分が見つかります。

【0006】
 ドリップ方式の利点を保ちつつ、抽出されたコーヒーに余計な雑味が添加されないように、コーヒー抽出時間を短縮できる技術が望まれる。また、コーヒー粉から抽出される成分は、そのコーヒー粉を蒸らす際の湯の量、蒸らし温度、蒸らし時間などにより制御される。この点で、コーヒー粉の蒸らし作業は重要である。従って、蒸らし時間が長くなっても、蒸らし温度は下がらずに高温のまま保たれる技術が望まれる。

【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
 本発明の課題は、ドリップ方式の利点を保ちつつ、コーヒー抽出時間を短縮できるコーヒー抽出器及びコーヒー抽出方法を提供することにある。

【0008】
 本発明の他の課題は、コーヒー粉を蒸らす際の温度を高温のまま保つことができるコーヒー抽出器及びコーヒー抽出方法を提供することにある。

 やや専門的なことが書いてありますが、この特許がどういうことを目標にしているかを第21回の<矛盾定義>を意識して分離しますと、次の矛盾があるようです。

・矛盾1:抽出時間を短くしたいが、(エスプレッソのような高温高圧を用いない)ドリップ式で実現したい。
・矛盾2:蒸らし時間は長くしたい(=普通は温度が下がる)が、温度は下げたくない。

ということになります。

 矛盾1と2について少し補足しておきましょう。コーヒー+<#21 高速実行原理>といえば、前述のようにエスプレッソですが、エスプレッソは抽出も早ければ、風味が失われるのも早い欠点があります。また、高温高圧の機材を使うため、個人が自分の好みを調整するには不向きです。そこでドリップ式の登場となります。しかし、エスプレッソのような高温高圧の蒸気で抽出するならともかく、普通のお湯で分離も短期間で行うには粗目に粉砕すればできるとはいえ、その場合は味の薄いコーヒーしか出てきません。

 そこで分離する前の「蒸らし(=コーヒー粉とお湯が触れ合う状態)」の時間を長くするのが1つの解ですが、そこには「温度が下がる」という矛盾2が存在する、というわけです。

 さて、解決するべき矛盾が見えてきたら、その特許の末尾にある【図面】をパラパラ眺めて、「自分が普段見慣れているものに、いかにも少し工夫が加わっている図」というものを見つけます。例えば上記の矛盾に対し、解決策のポイントとなるのが、次の図です。

[画像のクリックで拡大表示]

 上記の図、パッと見ての通り「ドリップ方式」と言われるコーヒーの淹れ方に似ています。この機構におけるドリップ方式との違いは、お湯を上から注ぐ前に加熱機構、水の追加によって、水蒸気を発生させている点があります。では、その効果がなんであるか? 特許の文章に戻り、発明原理を介して切り出していきます。特許原文【0031】にはこうあります。

 つまり、蒸らし中のコーヒー粉84に、水蒸気82が継続的に供給される。これにより、蒸らし中の温度(以下、「蒸らし温度」と参照される)は下がることなく、高温に保たれる。