年度初めに当たり、部下と目標設定のための面談を実施したり、予定したりしている人も多いのではないでしょうか。人事部長時代に相談をされた内容や、目標設定面談の話法演習の事例を踏まえると、目標設定面談で、上司が決して口に出してはならない、部下との信頼関係を台無しにするフレーズがあることが分かってきました。
なぜ、口に出してはいけないのか?
そのフレーズとは、次の通りです。
●この目標は、会社の決定事項だ
●みんな、この目標でやっている
●私ではなく、上(人事)が決めた目標だ
●文句があるなら、上(人事)に言え
●できないならば、そう評価するしかない
演習で参加者がよく使う話法例ですので、実際のビジネスの場面でもこうしたフレーズに直面している人が多いのではないでしょうか。中には、「これらのことは、いずれも事実ではないか。なぜ、決して口に出してはいけないのか」と感じた人もいるでしょう。
確かに、目標の決定者は会社ですし、大多数の人はその目標に従って取り組んでいるかもしれません。最終的にその上司ではなく、さらに上位層や人事部が決めているし、「決定者に言ってくれ」と言いたくなる気持ちも分からなくはありません。できなければ評価が下がるということも、嘘ではありません。
だから、「このようなフレーズを出して何が悪いのだ」と疑問を持つ人もいるでしょうし、その結果、そのようなフレーズが蔓延しているのでしょう。
「脅しのマネジメント」は通用しない
私がこれらのフレーズを決して口に出してはいけないと確信している理由は、使った途端に、間違いなく、ほかならぬ上司が部下を著しくモチベーションダウンさせるからです。そして、大半の場合、上司としての最も根源的な使命である、部下のマネジメントが不能になり、上司としての使命を果たせない存在に成り下がってしまうことが問題なのです。
しかし、現実にはこのようなフレーズを使っている上司が実に多いことか、年間100社から参加していただいている演習を通して分かります。それは、私には実は機能不全に陥っている上司が非常に多いという、深刻な状況であると思えてなりません。
これらのフレーズはいずれも事実を指摘していると説明できるかもしれません。しかし、このフレーズの本意は、全く別のところにあり、多くの部下はそれを感じ取っているのです。
「この目標は、会社の決定事項だ」。だから黙って従えと断定するフレーズは、決定に背いたら、どうなるか分かっているなという脅しのフレーズなのです。
「みんな、この目標でやっている」というフレーズは、表現が丁寧かどうかによらず、「集団から弾かれたら、生きていけると思うな」という恫喝です。上司にはそんなつもりがなく、むしろ事実を親切に言っているつもりでも、脅しのマネジメントをしてしまっているのです。
「私ではなく上(人事)が決めた目標だ」というフレーズも、自分にはそのつもりがなくとも、自分は無責任だということを明かしているようなものです。「文句があるなら、上(人事)に言え」というフレーズは、自分は上司の役割を果たすことができませんと言っているのと同義と、部下から受け取られてしまうのです。
最後の決めせりふである「できないならば、そう評価するしかない」というフレーズは、評価権は上司の特権なので何が問題だと思う人もいるでしょう。しかし、それを言ったらおしまいで、「自分は評価権で脅すしか能がありません」と言っているようなものなのです。
決して口に出してはいけない一言と、それが伝える意味
「この目標は、会社の決定事項だ」⇒決定に背いて、ただで済むとは思うなよ
「みんな、この目標でやっている」⇒集団から外れて、生きていけると思うなよ
「私ではなく、上(人事)が決めた目標だ」⇒自分には責任がない
「文句があるなら、上(人事)に言え」⇒自分は上司の役割を果たさない
「できないならば、そう評価するしかない」⇒評価で脅すぞ
「示唆質問」が部下を劇的に変える
それでは、上司は部下に対して、目標設定面談でどのようなコミュニケーションを取ればよいのでしょうか。
決して言ってはいけないフレーズが上司の口から出てしまうのは、部下が目標に納得しておらず、従おうとしていない場面です。部下が、その目標に取り組むモチベーションをかき立てることができていない場面で、いくら決定だ、皆従っている、上が決めたからあきらめろと言っても、モチベーションは上がらず、納得もできないことは自明です。
実は、この状況を劇的に変えることのできるスキルがあります。そのスキルを身に付けることができれば、これまで意見が対立したり、部下を従わせることが難しかったりした状況が、がらりと変わります。部下のモチベーションを維持したり、上げたりすることができ、その結果、部下により高い目標にチャレンジしてみようという気持ちを持たせることができるのです。
そのスキルとは、「示唆質問」のスキルです。
「示唆質問」とは、例えば「上司である自分がサポートすれば、この目標に取り組んでみようという気持ちになりますか?」とか、「判定期間を区分して、目標を細分化したらやりやすいですか?」というように、ある仮の条件や前提を示し、その条件や前提であれば、取り組んでみようと思うかどうかを質問する方法です。私がこの質問を「示唆質問」と呼んでいるのは、断定や命令ではなく、ある仮定を置いて方向性を示唆していくための質問だからです。
この「示唆質問」のスキルを使いこなせるようになると、部下は、「このサポートを得られるのだったら目標達成に向けてがんばれるかもしれない」「この前提であれば引っかかるところがないので取り組んでみよう」という気持ちになりやすくなります。
何より、断定や命令とは対極にあるコミュニケーションです。モチベーションを下げることなく、目標にコミットメントさせる確度を格段に上げることができる、実にパワフルなスキルなのです。
既にお気付きの方もいらっしゃると思いますが、「示唆質問」のスキルは、1対1の面談だけでなく、多数の人が参加する会議で合意形成する場面でも高い効果があります。また、「示唆質問」の前後に繰り出すとさらに効果的なほかの質問のスキルや手順があります。
これらは、この連載の過去の記事「第2回 1時間で必ず合意形成する(下) あなたを『会議の達人』にする」などでも紹介していますので、よろしければ参考にしていただければと思います。
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