コーポレートガバナンス・ガイドライン(以下「ガバナンス・ガイドライン」という)を策定し、公表する会社が増加している。ガバナンス・ガイドラインという呼び方が一般的であるが、ほかの名称、例えば、「コーポレートガバナンス基本方針」や「コーポレートガバナンス ポリシー」という名称を用いている会社もある。ガバナンス・ガイドラインは、各社が自社のガバナンスに関して自主的に策定し公表するものである。そのため名称も自由であり、記載内容も以下に見るとおり決まっているわけではない。
コーポレートガバナンス・コード(以下「ガバナンス・コード」という)の施行以前からガバナンス・ガイドラインを策定・公表する会社は存在していたが、その数はあまり多くはなかった。それが一気に増えた感がある。
ガバナンス・コードはコーポレートガバナンスに関する「基本的な考え方と基本方針」の開示を求めている(原則3-1(ⅱ))。そして、この「基本的な考え方と基本方針」は、海外でいうガバナンス・ガイドラインに相当するものと考えることができるとされている。これを受けて、ガバナンス・コードの施行後、ガバナンス・コードの各原則に対応した形でガバナンス・ガイドラインを策定・公表する会社が増えているのだ。実際に、2016年3月時点で、TOPIX100構成銘柄のうち48社もの会社がガバナンス・ガイドラインを作成しているという。
さらに、既にガバナンス・ガイドラインを策定していた会社においても、ガバナンス・コードを踏まえてこれをアップデートする会社が増えている。例えば、日立製作所は2012年の時点で既にガバナンス・ガイドラインを策定していたが、2016年7月に、取締役会が最高経営責任者(CEO)の解任や後継計画の監督を行うことを追加した。経営に緊張感をもたせる狙いがあると言われている。
このようにガバナンス・コード下では、各上場会社において、ガバナンス・コードのそれぞれの原則を踏まえ、ガバナンス・コードに対応したガバナンス・ガイドラインの策定・見直しが重要となってきている。そこで、今回は、このように注目を集めているガバナンス・ガイドラインについて解説する。
ガバナンス・ガイドラインとは
ガバナンス・コードは、「本コードのそれぞれの原則を踏まえた、コーポレートガバナンスに関する基本的な考え方と基本方針」の開示を求めている(原則3-1(ⅱ))。
コーポレートガバナンスに関する「基本的な考え方」とは、コーポレートガバナンスに関する総論的な考え方であり、「基本方針」とは、ガバナンス・コードの個々の原則に対する大まかな対応方針を意味する。「基本的な考え方」とは「総論」だから、コーポレートガバナンスへの対応をいくつかの項目に分けて記載するガバナンス・ガイドラインの中心となるのは個々の原則に対応する「基本方針」の方である。原則3-1全体のコンプライ率は85.9%(2016年7月時点)だが、「基本的な考え方」と「基本方針」の開示を求める原則3-1(ⅱ)のコンプライ率は98%以上(2015年10月時点)に達している。
ガバナンス・コードは「基本方針」をガバナンス・ガイドラインとして策定・公表することを求めているわけではないから、ガバナンス・コード対応としてだけ考えれば、コーポレートガバナンスに関する報告書に大まかな対応方針を記載することで足りるといえる。しかしながら、それにもかかわらず、実際には「基本方針」としてガバナンス・ガイドラインを策定・公表する会社が増えているのである。
なぜか。それは、ガバナンス・ガイドラインには、海外投資家がこれになじんでいるという背景があるからである。それだけではない。海外の投資家に理解されやすいのである。さらに、ガバナンス・コードへの対応の一元化といったメリットがあるからでもある(メリットについては後述)。
ガバナンス・ガイドラインの背景
歴史的にガバナンス・ガイドラインの策定・公表は、主に米国で発展した制度であり、米国では一般的な実務となっている。周知のとおり米国にはコーポレートガバナンス・コードはなく、ガバナンス・ガイドラインに拠っているのである。しかし、英国においても、コーポレートガバナンスに関する基本方針等に関する文書を作成・公表している会社はあり、日本のガバナンス・コードを策定する際に参考とされたOECDコーポレートガバナンス原則でも、ガバナンスの構造と方針について公表することが求められている。
米国、特にニューヨーク証券取引所(NYSE)の上場会社は、上場規則により、ガバナンス・ガイドラインの公表が義務となっている。NYSEの規則で公表が義務となる前から、NYSEの上場会社はコーポレートガバナンスに関するポリシーを策定しその公表を行っていたが、2001年のエンロン事件を受け、2003年にNYSEの規則が改正された際にガバナンス・ガイドラインの公表が義務となった。公表が義務となったことにより、NYSEの上場会社は、上場規則に沿ってガバナンス・ガイドラインを策定しなければならず、また、定期的な更新もしなければならないこととなった。
具体的には、NYSEの上場規則では、ガバナンス・ガイドラインに以下の事項を定めなければならないとされている。
①取締役の適格基準
②取締役の責任
③取締役の経営陣及び独立したアドバイザーへのアクセス
④取締役の報酬
⑤取締役のオリエンテーション及び継続的なトレーニング
⑥経営陣の後継者
⑦毎年の取締役会のパフォーマンス評価
注意を要するのは、日本のガバナンス・コードにおいて開示事項とされているコーポレートガバナンスに関する「基本方針」が、海外のガバナンス・ガイドラインに相当するものとして導入された経緯である。ガバナンス・コードを策定する際、多くの海外投資家からガバナンス・ガイドラインの策定・公表を求める強い意見があったのである。
日本でガバナンス・ガイドラインを策定する際に米国などにおける海外の実務を参考すべき理由は、こうした事情が背景にある。
ガバナンスに対する積極的な姿勢の提示
まず、ガバナンス・ガイドラインを策定・公表することで、会社がガバナンスに対して積極的に取り組んでいることを株主や投資家、特に海外の株主や投資家に示すことができる。株主や投資家の信頼確保につながるから会社にとって大きなメリットがあることは言うまでもない。
上述したとおり、ガバナンス・ガイドラインに何を記載するかは各社が自由に決めることができる。そのため、ガバナンス・コードに記載された事項に限らず、各社がガバナンスに関し重要と考える事項を記載し、ガバナンスに対する積極的な姿勢を示すこともできよう。例えば、取締役会議長をCEOと分離させることなどが考えられる(詳細は後述)。
ガバナンス・コードへの対応状況の一元化
ガバナンス・コードの合計73個の原則のうち、11の原則が開示すべき事項とされている。この11の原則について自社の対応状況を先ずガバナンス・ガイドラインに記載し、その上でコーポレートガバナンスに関する報告書にガバナンス・ガイドラインのリンク先を記載することとすれば、各原則についてまとめて開示することができる。また、開示事項以外にもガバナンス・コードの各原則について対応状況をガバナンス・ガイドラインに記載することにより、ガバナンス・コードへの対応状況をガバナンス・ガイドラインという形で一元化することができる。
株主や投資家との対話の促進
ガバナンス・ガイドラインに、ガバナンスに関する情報がまとめて記載されていると分かれば、株主や投資家も先ずはガバナンス・ガイドラインに注目するであろう。ガバナンス・コードに規定されていない事項を含め幅広くガバナンス・ガイドラインに記載し、ガバナンス全体に対する会社の姿勢を一元的に示すことは、株主や投資家にとっても会社のガバナンスについての理解が容易になるというメリットがある。
また、前述したとおり、そもそもガバナンス・ガイドラインは米国を中心に海外では定着している制度である。そのため、海外の株主や投資家はガバナンス・ガイドラインを読んで会社との対話や投資を行うことに慣れているといえる。したがって、ガバナンス・ガイドラインについて英訳を公表すれば、会社のガバナンスについて海外の株主や投資家からより深く理解してもらうことができるであろう。
このように、ガバナンス・ガイドラインを策定・公表し、株主や投資家の理解を高めることで、会社と株主や投資家との対話を促進させることが期待できる。株主や投資家がガバナンス・ガイドラインを見た上で会社に対話を求めるようになれば、対話の際にはガバナンス・ガイドラインに記載されたトピックについて深い議論がなされることが期待できるのだ。
ガバナンス・ガイドラインの体裁
ガバナンス・ガイドラインの記載事項は決まっていないが、いくつかのパターンが見受けられる。
まず、重要事項に絞ったシンプルなパターンがある。例えば、三井住友トラスト・グループの「コーポレートガバナンス基本方針」は、全部で15条と項目が比較的少なく、重要事項に絞っているように見られる。他方で、全部で47条の項目がある大和ハウス工業の「コーポレートガバナンスガイドライン」のように、様々な項目について詳細に規定するパターンもある。
さらに、本文とは別に参考として資料を付けるパターンもある。例えば、三井住友フィナンシャルグループの「SMFGコーポレートガバナンス・ガイドライン」には、経営理念、行動規範、役員候補者選定基準、社外役員の独立性に関する基準などを参考として記載している。他にも、オムロンの「コーポレート・ガバナンス ポリシー」など株主との対話に関する方針を資料として付している会社もある。
また、ガバナンス・コードとの関係についてもいくつかのパターンがある。例えば、大和ハウス工業やアサヒグループホールディングスのように、ガバナンス・ガイドラインの項目ごとにガバナンス・コードの対応する番号を記載して対応関係を示す会社がある。このガバナンス・コードの番号を併記する方法は、投資家からも「便利だ」と評価されているようだ。さらに、スタートトゥデイのように、ガバナンス・コードそのものを併記して、ガバナンス・コードの順番に沿って取り組みの状況を記載している会社もある。他方、ガバナンス・コードにとらわれない構成をとる会社も多く見受けられる。
具体的な記載項目
日本取締役協会が、2015年4月に、ガバナンス・コード原則3-1(ⅱ)の「コーポレートガバナンスに関する基本方針」のベストプラクティス・モデルを策定・公表している。
章立てはガバナンス・コードに沿ったものとなっているが、取締役会議長などガバナンス・コードでは規定されていない事項も含め詳細に規定している。
他方、このベストプラクティス・モデルに対しては、ひな型になりかねないという批判的な見方があることに留意が必要である。ひな型に拠っていると言われてしまってはガバナンス・ガイドラインの目的に反する結果になりかねない。その意味では、ベストプラクティス・モデルは一応の参考にはなるが、ひな型として形式的に採用するのではなく、各社の実情に応じて個別具体的に検討してガバナンス・ガイドラインを策定することこそがガバナンス・ガイドラインとしての勘どころといってよいであろう。
コーポレートガバナンスに関する基本的な考え方
まず、総則として、ガバナンス・コード原則3-1(ⅱ)が開示を求めている「コーポレートガバナンスに関する基本的な考え方」を記載することが考えられる。この「基本的な考え方」は以前からコーポレートガバナンスに関する報告書の開示事項となっている。
例えば、ファナックは、「コーポレートガバナンスに関する基本的な考え方」として、企業理念の「厳密と透明」の実践を徹底していることを「コーポレートガバナンス・ガイドライン」に記載している。これについては、「会社の針路がはっきりわかる」としてファナックの姿勢を評価する運用会社がある。
ガバナンス・コードには規定されていない事項
取締役会議長に関する記載
ガバナンス・コードは、取締役会議長については規定していない。ガバナンス・コード原則4-6は、経営の監督の実効性を確保すべく、「業務の執行と一定の距離を置く取締役の活用」を求めており、経営の監督と執行を分離させることが推奨されているにとどまる。
そこで、経営の監督と執行の分離をさらに徹底させるために、取締役会議長を代表権のない非業務執行取締役とすることが考えられる。英国のガバナンス・コードには、取締役会議長と最高経営責任者の役割は同一人物が果たすべきでないと規定されている。
取締役会議長についてガバナンス・ガイドラインに記載している会社として、例えばエーザイが、「取締役会の議長と代表取締役CEOとを分離する」ことや、「議長は、社外取締役の中から選定する」ことを定めている。
独立社外役員の独立性判断基準などに関する記載
ガバナンス・コードでは独立社外取締役の独立性判断基準を策定・開示することが求められている(原則4-9)。しかし、独立社外役員の任期(通算在任期間)に関する規定はない。この点については、長い間会社にいるほど独立役員に求められる客観的な判断が困難となり、独立性に疑義が生じるおそれがあるとの考えがあることや、反対に監督の実効性のためには任期が長いほうが望ましいといった考えもあることも踏まえ、双方のバランスを考慮して総合的立場から各社の事情にしたがって検討することが望ましい。
ガバナンス・ガイドラインに独立社外役員の任期についての記載をしている会社として、例えば、みずほフィナンシャルグループがある。同社は「全社外取締役の平均通算在任期間は、原則として、6年を超えないこととし、定期的かつ継続的に社外取締役の交替を行う」ことを定めている。また、野村ホールディングスでは、「社外取締役の在任期間については6年を目途として、その再任の是非を判断する」としている。
ガバナンス・ガイドラインの活用例
ガバナンス・ガイドラインを取締役会の実効性評価等において活用している例もある(取締役会の実効性評価については「取締役会の機能を向上させる具体的な方策」参照)。エーザイのガバナンスガイドラインには、「取締役会は、当社のコーポレートガバナンスの状況が本ガイドラインに沿って整備・運用されているかについて、毎年、自己レビューを行い、コーポレートガバナンスの実効性を高める」と定められている。また、コーポレートガバナンスに関する報告書にも、ガバナンス・ガイドラインの活用について以下のとおり記載している。
…当社は、当社のめざす最良のコーポレートガバナンスを実現することを目的として、その基本的な考え方を定めた「コーポレートガバナンスガイドライン」を取締役会で決議しています。このガイドラインの中には、コーポレートガバナンスの実効性を高めるために、当社取締役会の職務の執行がガイドラインに沿って運用されているかについて、取締役会は、毎年、自己レビューを行うことが定められています。
2016年度4月開催の取締役会において、取締役会の職務の執行について自己レビューを行いました。その結果、2015年度の取締役会の職務の遂行において、当社「コーポレートガバナンスガイドライン」の各規定に沿わない運用等、問題となる事項は認められませんでした。
なお、業務執行における運用上の課題等については速やかにこれに対応することとしています。…
ガバナンス・ガイドラインを単に策定するだけではなく、自社のガバナンスの実効性の向上のために利用するという取組みは他社においても参考になるものと思われる。
形式的なコンプライからの脱却
ガバナンス・コードにコンプライする会社は増加しており、73項目についてすべてコンプライした主要企業の割合も増加している。他方、ガバナンス・コードへの対応が形式的になっているという批判もなされており、形式的にコンプライするだけでは、株主や投資家の信頼を得ることはできないであろう。上場会社には、コーポレートガバナンスの質を高め続けることが求められているのである。
今後は、ガバナンス・コードにどのようにコンプライしているのかについて、ガバナンス・ガイドラインを通じて説明し、株主や投資家に対してガバナンスに対する積極的な姿勢を示すことは、個々の会社の事情を踏まえるべきことは当然として、ガバナンス・ガイドラインの発祥が米国にあるだけに大いに積極的に検討すべきであろう。
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