2014年(平成26年)の会社法の改正により、監査等委員会設置会社制度が創設されてから約1年が経過した。
監査等委員会設置会社へ移行する会社は依然として増加傾向にある。移行した会社は東証の上場会社だけでも2016年7月13日時点で637社(上場会社の約2割)とこの1年で400社以上も増加している。移行会社の中には、三菱重工業や、サントリー食品インターナショナルといった大企業も存在する。
しかしながら、監査等委員会設置会社への移行に反対する機関投資家も登場した。2016年、米国の資産運用会社であるRMBキャピタルが、オプトホールディングや昭文社が監査等委員会設置会社に移行することに反対を表明するに至っている(詳細は後述)。
監査等委員会設置会社への移行については、当然に賛同を得られるわけではないことに十分注意する必要がある。形ばかりの移行ではなく、実効性が求められる時代になってきているのだ。
本連載第7回において、監査等委員会設置会社の特徴についてはすでに紹介している。今回は、前回紹介した内容を振り返りつつ、監査等委員会設置会社のメリットや監査等委員会設置会社をめぐる動向などに言及したうえで、監査等委員会の活用によってガバナンスを向上させるための留意点について述べたい。
監査等委員会設置会社に移行した主な理由
日本監査役協会が実施したアンケートによると、監査等委員会設置会社に移行した主な理由は以下のとおりである。
会社のガバナンス強化(経営意思決定の迅速化、執行と監督の分離など)のため |
93.3% |
社外監査役に加えて社外取締役を選任することが負担になるため |
65.4% |
株主・投資家(特に海外投資家)の理解のため |
19.2% |
アンケート実施期間:2015年7月~8月
有効回答社数:104社 ※複数回答可 |
最も多い理由は「会社のガバナンス強化のため」という積極的な理由である。他方、「社外監査役に加えて社外取締役を選任することが負担になるため」という消極的な理由が2番目に多い理由となっている。また、「株主・投資家(特に海外投資家)の理解のため」に移行したという会社も約2割いることから、一定数の会社は監査役制度が海外投資家にとって理解するのが難しいという問題点を重視していることが分かる。
監査等委員会設置会社に移行するメリット
一般に、監査等委員会設置会社に移行することには、以下のようなメリットがあると言われている。
モニタリングの強化
まず、監査等委員は、監査役と異なり、取締役会において議決権を有する。そのため、経営陣が不適切な議案を提出した場合に反対票を投じるという形で経営陣に対するモニタリング機能を発揮することができる。
また、監査等委員会が選定する監査等委員は、株主総会において、監査等委員以外の取締役についても選解任・報酬の意見陳述権を有している。これは、監査等委員の意見を株主の議決権行使に反映させ、取締役に対するモニタリングが強化されることを期待したものである。
業務執行の意思決定の迅速化
監査等委員会設置会社では、取締役の過半数が社外取締役の場合または定款に定めのある場合には、重要な財産の処分や多額の借財など一定の重要な業務執行の決定を取締役に委任することができる。そのため、取締役は、一定の重要な業務執行について、監査役設置会社よりも迅速な意思決定をすることが可能となる。他方で、取締役会は、経営陣である取締役に対するモニタリングに専念することができる。
柔軟な機関設計
他方、監査等委員会設置会社においては、一定の重要な業務執行の決定を取締役に委任せずに、取締役会が業務執行の決定を行うマネジメント型とすることもできる。自社の取締役会がマネジメント型、モニタリング型のいずれが適しているのかを考え、柔軟に機関設計をすることができるのだ。
社外監査役に加えて社外取締役を選任する負担の回避
監査役会設置会社を含め、上場会社においては、社外取締役を複数選任する必要がある。コーポレートガバナンス・コード(以下「ガバナンス・コード」という。)が、複数名の独立社外取締役を選任することを要求しているためである(原則4-8)。加えて、議決権行使助言会社の米インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)も、2016年2月から株主総会後の取締役会に最低2名の社外取締役がいない場合、経営トップである取締役の選任議案に原則として反対することを推奨するという新基準を採用した。
監査役会設置会社では、会社法上2人以上の社外監査役の選任が義務付けられているため、さらに社外取締役を選任することは、重複感・負担感があるとの指摘がなされている。他方、監査等委員会設置会社には監査役がいないことから、監査等委員会設置会社へ移行すれば、最低2人の社外取締役を選任すればよいので、重複感・負担感は解消されることになるだろう。
海外機関投資家からの理解を得やすい
監査役に議決権が与えられていない日本特有の監査役制度は、海外機関投資家にとって馴染みがないため、理解が難しいと言われている。他方、監査等委員は議決権を有するため、監査等委員会設置会社という形態は海外機関投資家がイメージしやすい会社形態と言われている。特に海外機関投資家に強い影響力を持つISSは、監査等委員会設置会社に移行する定款変更議案に原則賛成を推奨する議決権行使助言方針を採用している。そのため、海外機関投資家による投資の拡大も期待できると言われる。
もっとも、以下に述べるように、海外機関投資家が監査等委員会設置会社への移行について反対したり、ISSが監査等委員会設置会社に移行する定款変更議案について賛成に条件を付けることを検討したりするなど、2016年に入って監査等委員会設置会社をめぐる状況は変化してきていることには注意が必要である。
オプトホールディングの監査等委員会設置会社移行への反対
2016年3月、シカゴを拠点とする米国の資産運用会社RMBキャピタル(2005年に創業され、約5000億円の運用資産を保有)は、オプトホールディング(RMBキャピタルが5%超の株式を保有する)の監査等委員会設置会社への移行に反対した。オプトホールディングの株主総会において、監査等委員会設置会社へ移行する旨の定款変更議案は可決されたものの、RMBキャピタルは委任状勧誘を行い、約2割の反対票が集まっていた。議決権を行使したオプトホールディングの少数株主のうち、約5割が反対票を投じた結果が約2割となったという。RMBキャピタルは、監査等委員会設置会社への移行ではなく監査役設置会社のままで任意の指名・報酬委員会を設置する方法などを提案したのである。
RMBキャピタルのリリースによると、監査等委員会設置会社への移行に反対を表明した主な理由は、以下の4点である。
指名・報酬委員会の不存在
監査等委員会設置会社に移行しても、指名・報酬委員会を設置しなければ、経営陣が少数株主の利益を保護するように努めることの動機が不十分となる。
横滑りの人事
社外取締役の人数を合わせるために監査役を監査等委員(社外取締役)に就任させる安易な移行は慎むべきである。
常勤監査役の不在による監査機能の低下
常勤だった監査役が非常勤の監査等委員となった場合、監査等委員には監査役と異なり単独での調査権限がないことから、移行によって監査機能が低下するおそれがある。
監査等委員による議決権行使のメリットが乏しい
移行後の社外取締役は全取締役の8名中3名となる(移行前には社外取締役は選任されていなかったが、移行前の社外監査役3名が監査等委員(社外取締役)となった)が、取締役会の過半数に満たないことから、従前の監査役に監査等委員としての議決権を付与することによる効果には疑問がある。
昭文社の監査等委員会設置会社移行への反対
さらに、2016年6月にも、RMBキャピタルは、昭文社(RMBキャピタルが5%超の株式を有する)の監査等委員会設置会社への移行について、任意の指名・報酬委員会を設置しないことなどを理由に反対した(なお、株主総会では約1割の反対票が集まったものの、監査等委員会設置会社へ移行する旨の定款変更議案は可決されている)。
RMBキャピタルは、昭文社の経営陣に対し、過半数が社外取締役からなる任意の指名・報酬委員会の設置などを求めて両者で協議を行ったが、話し合いはまとまらなかった。そこで、RMBキャピタルは、この任意の指名・報酬委員会の設置について昭文社に再考を促すため、監査等委員会設置会社へ移行する旨の定款変更議案に反対し、他の株主に同調を呼びかけたのである。
RMBキャピタルによる反対表明以前は、監査等委員会設置会社への移行について反対する大きな動きは見られなかった。RMBキャピタルの反対表明は異例の出来事である。監査等委員会設置会社へ移行する流れに疑問を投げかけた事案といえよう。
議決権行使助言方針の厳格化
海外機関投資家だけでなく、議決権行使助言会社にも変化が見られ始めている。
現在、議決権行使助言会社のISSは、監査等委員会設置会社に移行する旨の定款変更議案に原則賛成する基準を採用しており、賛成の条件は明示されていない。
しかし、先月、ISSジャパンの石田猛行代表が、「私たちがガバナンスの面で『悪い』と分類する会社に限って監査等委員会設置会社に移行している」と発言したと報道された。ISSは、社外取締役4人以上を選任することを求める方針を来年に導入し、この条件を満たせない場合は移行に反対を推奨することを検討している。これは、社外監査役を監査等委員に横滑りさせるのでは、社外役員の人数に変化がなく、外部によるガバナンスを強化することにならないといった問題を踏まえたものとみられる。
ISSは現在、監査役設置会社について社外取締役2人以上の選任を求めているが、社外取締役4人というのは、その2倍にあたる数字である。社外取締役を4名以上選任した監査等委員会設置会社は、2016年4月末時点までに移行した324社のうち58社であり、わずか17.9%にすぎない。社外取締役4人以上の選任という条件は、会社によっては厳しい条件となるであろう。
形だけの移行は許されない時代に
以上のように、機関投資家や議決権行使助言会社の監査等委員会設置会社に対する姿勢は変わり始めている。ISSの議決権行使助言方針の改訂が行われれば、形だけの横滑りのような安易な移行に対して反対する株主が増加する可能性が高くなるとみられる。
監査等委員会と監査役会を比較してみると、以下の下線で示した相違がある。
|
監査等委員会 |
監査役会 |
他の取締役の選解任・報酬についての意見陳述権 |
あり |
なし |
監査の範囲 |
妥当性監査・適法性監査 |
適法性監査 |
監査体制 |
内部統制システムの利用 |
各監査役(独任制) |
常勤者の設置義務 |
なし |
あり |
取締役等に対する
事業報告請求権、業務等調査権 |
監査等委員会が選定する 監査等委員の権限 |
各監査役の権限 |
取締役会に対する
違法行為の報告義務 |
各監査等委員の義務 |
各監査役の義務 |
取締役等の
違法行為差止請求権 |
各監査等委員の権限 |
各監査役の権限
|
上記のように監査等委員は、他の取締役の選解任・報酬についての意見陳述権や妥当性監査といった、監査役と異なる役割を有している。この点をとらえて、後述するように、監査役を横滑りさせるのは問題ではないかとの指摘がある。また、上記のようにRMBキャピタルも指摘しているが、監査役会には常勤の監査役がおり、かつ、各監査役が単独で調査権を有するのと比べて、監査等委員会では常勤者の設置が義務ではなく、かつ、監査等委員には単独の調査権限もないから監査機能が低下するとの指摘への対応も必要となろう。
今後は、監査役設置会社や指名委員会等設置会社ではなく、なぜ監査等委員会設置会社に移行するのか、または、なぜ移行しないのかについて株主に対して合理的に説明することが求められるであろう。
ガバナンス向上のための留意点
任意の指名・報酬委員会の設置
RMBキャピタルが、オプトホールディングおよび昭文社の2社に対し、監査等委員会設置会社への移行に反対したのは、いずれも任意の指名・報酬委員会が設置されていないことを理由としている。
取締役の「指名・報酬」という人事の決定について透明かつ客観的なものとすることは、監査等委員会設置会社においてもガバナンスを向上させるための課題といえる。
このような課題に正面から応えるためには、任意の指名・報酬委員会を設置することを検討すべきであろう。ガバナンス・コードも、「独立社外取締役を主要な構成員とする任意の諮問委員会を設置することなどにより、指名・報酬などの特に重要な事項に関する検討に当たり独立社外取締役の適切な関与・助言を得るべき」としている(補充原則4-10①)。
東証の「コーポレート・ガバナンス情報サービス」によると、2016年7月13日時点で、監査等委員会設置会社に移行している会社637社のうち、任意の指名委員会または報酬委員会に相当する任意の委員会を置いているとする会社は、109社(17.1%)にすぎない(このうち指名委員会に相当する任意の委員会があるとする会社は93社、報酬委員会に相当する任意の委員会があるとする会社は104社)。任意の委員会を設置する会社の数はまだ多いとは言えないものの、任意の委員会の設置を検討する傾向は強まっている。
例えば、三菱重工業は、社外取締役の意見を聴取するため、役員指名・報酬諮問会議を開催している。また、2016年5月に監査等委員会設置会社へ移行したニトリホールディングスも任意の指名・報酬委員会を設置した。
しかし、取締役の人事・報酬は、任意の指名・報酬委員会の答申によって法的に拘束されるわけではない。任意の指名・報酬委員会の答申結果を取締役の人事・報酬に極力反映させるようにするため、取締役会が任意の指名・報酬委員会の答申結果を尊重すべき旨または尊重した上で慎重に検討すべき旨を内部規則に定めるといった工夫も考えられよう。
このように、任意の指名・報酬委員会を設置することについて肯定的な動きがある一方で、任意の指名・報酬委員会の設置は監査等委員会の形骸化を招くとの指摘もある。そもそも、取締役の指名・報酬について意見陳述権のある監査等委員に期待されるのは、取締役の指名・報酬に積極的に関与することである。任意の指名・報酬委員会を設置する場合でも、監査等委員が指名・報酬委員会の委員になるなどして、取締役の指名・報酬について監査等委員会と情報共有することを検討すべきであろう。
形ばかりの横滑りの人事を避ける
監査役設置会社から監査等委員会設置会社に移行する場合、既存の社外監査役を監査等委員である社外取締役として選任する、いわゆる横滑りの人事が問題となる。社外役員の人数や構成員が同じである以上、実質に何も変わりがないように見えるため、監査等委員会設置会社に移行する実益に乏しいのではないかという問題である。
この点については、本連載第7回(「監査役会設置会社という『選択』」)でも触れているとおり、社外監査役と監査等委員である社外取締役とでは期待される役割が異なることを踏まえ、当該候補者の経歴・専門分野、会社からの独立性などを考慮し、既存の監査役が本当に監査等委員として適任かどうかについて厳格に検討する必要がある。
常勤の監査等委員の設置
監査等委員会設置会社では、常勤の監査等委員を置く義務はない。監査等委員会は、内部統制システムを利用した監査を行うことが想定されており、常勤の監査等委員の選定を義務付けなくても情報収集の点で問題はないと考えられているためである。
しかし、常勤の監査等委員を設置しない場合は、以下が懸念されると言われている。
まず、監査等委員会に執行の現場の情報が共有されにくく、情報不足になるおそれがある。
また、監査等委員会に上がってくる情報を常勤者が整理して議題事項を絞る必要があるところ、常勤の監査等委員がいないと議題事項を絞ることが困難となり、監査等委員会が機能しない可能性がある。
さらに、多くの業務執行の意思決定を取締役に委任する場合には、常勤の監査等委員がいなければ、実際上、個々の取締役の行動をモニタリングすることは難しいであろう。
他方、常勤の監査等委員を置くことには、以下のようなメリットがある。
まず、常勤の監査等委員は、会社・業界に特有の情報に精通しており、非常勤の監査等委員に対し、監査等に必要な情報を随時提供することができる。特に、社内から尊敬され、より多くの情報が集まってくるような人材を常勤の監査等委員とすれば、より一層メリットを享受することができるであろう。
また、会社・業界に精通した常勤の監査等委員が、重要な会議に出席したり、実際に現地へ行って監査を行ったりするなどの監査活動を日常的に行うことができる。
実際、2016年4月末時点で監査等委員会設置会社に移行済みの327社のうち、常勤の監査等委員を置く監査等委員会設置会社は275社も存在する。
また、三菱重工業の常勤監査等委員も、「会社の規模や事業範囲を考えたとき、常勤者なしで監査を行っていくというのは現実的には無理ではないか」と述べており、多くの監査等委員会設置会社では常勤の監査等委員を置く傾向にあるといえよう。
特に、監査等委員会は、内部統制システムを利用して監査を行うことが想定されており、内部監査部門との連携が重要となる。内部監査部門との連携を強化するためにも、常勤の監査等委員が内部監査部門から監査の報告を直接受け、他の監査等委員に情報提供できる体制を整えることが望ましい。
例えば、カプコンは、監査等委員会設置会社へ移行すると同時に、2名の常勤者を含む監査等委員会が内部監査部門を直轄する制度に移行しており、実質を伴った移行例といえよう。
監査等委員会の活用によるガバナンスの向上
社外取締役の選任を求めるガバナンス・コードに対応するためといった形ばかりの移行ではもはや株主からの支持を得ることはできないであろう。特に、重要な業務執行の決定の多くを取締役に委任する場合は、その取締役の監視・監督をする体制を整えなければ、かえってコーポレートガバナンスの低下を招くおそれがある。
監査等委員会設置会社へ移行する会社が増加し続けているとはいえ、監査等委員会の活用により自社のガバナンスを向上させようという積極的な姿勢はまだ弱いのではないか。
株主総会での意見陳述という重大な権限行使などにより、取締役の人事について監査等委員会を積極的に関与させ、モニタリングを強化することが重要である。
監査等委員会設置会社の形態をとるのであれば、単なる移行という形式にとどまることなく、取締役の監視・監督に監査等委員会を活用し、自社のガバナンスの向上へつなげることこそ、望ましい監査等委員会設置会社のあり方なのである。
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