しかしながら、このような結果は、「中長期的な企業価値向上」には貢献するものではなく、顧客や長期的な株式保有を志向する株主の望むところとはいえない。また、コーポレートガバナンス・コードの指向するところでもない。

ROEを経営指標にしないという選択

 そもそも、ROEは経営指標の一つにすぎないのである。

 伊藤レポートも、「ROEは経営の目的ではなく結果」であるとしている。ROEを経営指標にしないという選択も可能なのである。実際に、2015年度の生命保険協会の調査によると、ROEの目標値を設定していない上場企業は39.5%も存在する。

 ROEの目標値を持たない理由で最も多いのは、「利益の絶対額を重視している」というものである。例えば、トラスコ中山は、第52期定時株主総会の招集通知参考資料において、ROEを経営指標としていない理由を以下のように説明している。

当社はROEを経営指標としない経営方針をとっています。よってROEを上げるための自己資本を変動させる短期的な戦略は取りません。継続的な成長分野への投資を行うことで利益の拡大を目指し、長期的かつ安定的な上昇を狙う戦略を取っています。また、それこそが企業価値の拡大に直結するものと考えております。

 同社は、上記の説明と併せて、同社の株価が順調に推移していること示すため、同業他社との株価をグラフで比較している。

 株主に対して説得力ある説明をすることができれば、ROEを経営指標としないことは十分に合理的な選択肢の一つなのである。

中長期的な企業価値向上とROEの両立

 以前にも「激変する『株式持ち合い』『内部昇進者中心の取締役会』」で述べたとおり、日本企業は、従業員や取引先など株主以外のステークホルダーとの関係を重視してきた。これは「日本型コーポレートガバナンス」の良い点である。上述したとおり、コーポレートガバナンス・コードも、従業員、顧客などの「様々なステークホルダーへの価値創造に配慮」する(原則2-1)ことを求めているのである。

 株主資本主義といわれる米国企業であっても、株主以外のステークホルダーとの関係を先ず重視している企業がある。例えば、ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)だ。同社は、我が信条(Our Credo)において、株主以前に顧客、従業員、地域社会に対しても責任があるとして、株主以外のステークホルダーを重視する企業理念を明らかにしている。ただし、同社のROEが高い事実(約20%)が背景として存在していることも重視しなければならない。

 また、既に述べたとおり、日本企業の低ROEの主な原因は、事業の収益力の低さにあるのであって、必ずしも自社株買いが足りないとか人件費の削減が足りないといったことによるものではない。もちろんROEは会社の収益力を表すものとして重要な指標である。しかし、ROEはその会社の企業価値の全てを表すものではない。

 ROEを経営指標に利用するとしても、ROEにとらわれてはならない。自社の企業価値を表す指標として何が重要なのかは、会社経営者自身が、中長期的視点をもって、自律的に考えてゆくべきことである。ステークホルダー重視という日本型コーポレートガバナンスの良さを活かした「中長期的な企業価値の向上」を目指す「真・日本型会社システム」に一歩踏み出す企業が少しでも増えていくことが期待される。