ROEの計算式は、以下のとおりである。

ROE=当期純利益(分子)÷自己資本(分母)

 ROEを上げるには、当期純利益を増やすという方法ではなく、自己資本を減らすという方法もあるため、当期純利益を増やすよりも自社株買いや増配などにより自己資本を減らす方が簡単にROEを上げることができる。実際にそのように行動する企業が出てきても不思議ではない。ここに問題の根がある。

 自社株買いや増配の増加傾向はそうした見方を裏付ける。上場企業全体の自己株式取得額は、6年連続で増加し、2015年度は8年ぶりに過去最高を更新した。

 また、上場企業全体の配当総額は、3年連続で過去最高を更新し、初めて10兆円を超えた。

 しかし、このように自社株買いや増配によって自己資本を減らすと負債比率が高まるため、将来的な損失や倒産の可能性も高まることになる。例えば、米コダックは、ROEを重視するあまりに、投資の資金がないのにもかかわらず自社株買いなどを行い、2012年には破産申請にまで至ってしまったと言われている。

 そもそも、コーポレートガバナンス・コードが「収益力・資本効率等」の改善やそれに関する目標の提示を求めているのは、ROEの向上だけを目的とするものではないからである。ROEだけでは偏りがあり、売上高利益率などの指標と合わせてバランスをとっていくことが重要との指摘がなされたことを踏まえ、「資本効率」だけでなく「収益力」の目標の提示を求めているのである。

「ROE信仰」とショートターミズム

 このようなコーポレートガバナンス・コードが重視する「収益力」を伴わないROEの向上は、ショートターミズムを助長するといわれる。

 自社株買いや増配によって内部留保をはき出すことは、中長期的な企業の成長のための研究開発費などの成長投資に充てる資金が少なくなることを意味するからである。その結果、短期的に株価を維持することに終わるような経営につながるおそれがあるのだ。

 コーポレートガバナンス・コードの目的は、言うまでもなく、上場会社の「持続的な成長と中長期的な企業価値の向上」の実現にある。短期的にROEを引き上げることによって中長期的な企業価値の向上が犠牲になるのでは、コーポレートガバナンス・コードの目的に反していることが明らかである。ましてや短期的にROEを向上させるために資金を過剰に流出させ、研究開発費などの成長投資が不十分になってしまっては問題外である。あくまでも企業が長期にわたって持続的に成長していくことを主眼に置いて安定的にROEを高めていくことが必要なのである。

「日本型コーポレートガバナンス」の良さ

 ROEは、主に株主の視点から会社を評価するための指標といえる。しかしながら、会社を正しく評価するには、従業員や顧客の視点を考慮することも必要であろう。

 コーポレートガバナンス・コードも、上場会社が持続的な成長と中長期的な企業価値の創出を達成するために、従業員、顧客など様々な「ステークホルダーとの適切な協働に努める」こと(基本原則2)や「様々なステークホルダーへの価値創造に配慮した経営を行いつつ中長期的な企業価値向上を図る」(原則2-1)ことを求めている。この点については、日本では伝統的に様々なステークホルダーの権利や立場を幅広く尊重する企業文化・風土が根強いことを反映したものと指摘されていることが注目される。

 また、伊藤レポートも、一方で「最低限8%を上回るROE」の達成を提言しながらも、「様々なステークホルダー価値を高め、長期的な株主価値に結びつくという『企業価値経営』を実現することが肝要である」としている。伊藤レポート作成の中心を担った伊藤邦雄氏自身も、ROEの数値ばかりを重視しているのではなく、人材など無形資産の蓄積や顧客との対話が重要であると明言している。

 ROEの数値は、株主以外のステークホルダーの視点を正確に反映しているとはいえない。

 短期的にROEを上げることは、前述した自己資本を減らす方法によるほか、人件費や研究開発費などのコストをカットして当期純利益を上げることでも可能である。例えば、1980年代、日本に先立ってROE重視の傾向が強まっていた米国では、ゼネラル・エレクトリック社やボーイング社が大規模な自社株買いと同時に、大規模な人員削減を行った。このようなやり方によっても、ROEの数値自体は向上し、短期的には株価も上昇するのである。