なお、従来からの普通保険約款に特約を付すという複雑な構造となっているのは、普通保険約款を変更するには金融庁の認可を得る必要があることから暫定的な取り扱いとしてなされているのが理由と言われている。
すでに多くの上場会社がこの「新型D&O保険」へ切り替えをはじめているようだ。
D&O保険を活用したガバナンス改革
D&O保険の役割は単に役員を賠償リスクから守るという役割だけではない。その向こう側にこそ大きな目的があるのだ。
役員の保護を通じて会社の企業価値の向上をサポートするという点が重要である。役員が賠償リスクを過度におそれて萎縮した経営を行うことは会社の利益にはならない。D&O保険により、役員の損害賠償のリスクが軽減されれば、役員は萎縮した経営から解放され、適切なリスクテイクをすることができるようになる。これは、攻めのガバナンスを促すコーポレートガバナンス・コードの趣旨に合致する。
さらに、D&O保険が充実することで、社外取締役の人材確保にも資するという役割もある。現に、ある大手企業の社外取締役は、「複数の企業から誘いがあったが、保険が充実している企業を優先的に選んだ」と述べている。
また、元外資系企業経営者も、上場企業の社外取締役への就任を打診された際、説明を受けたD&O保険の内容が米国企業の補償と比べてとても貧弱だったことから、受諾をためらったと言う。
まさに、D&O保険は、攻めのガバナンスに向けた環境を側面から整えているのだ。とりわけ、2015年7月のD&O保険料全額会社負担解禁は、税務上の措置ともあいまって、保険金額の上昇の効果も大いに期待され、厳しい国際競争で挑戦を続けている多くの日本の上場企業の役員が真の意味で攻めの経営を行っていくための土壌となることが期待される。
残る課題
残る問題点は、所属会社から役員が提訴された場合にD&O保険がどこまで補償をするかという点だ。通常D&O保険の標準約款には、会社から役員が提訴され、役員が責任を負う場合には、保険会社による保険金の支払いが免責される旨の規定が含まれている。その趣旨はなれ合い訴訟の防止にあると言われている。
すなわち、会社が役員を提訴するにあたり、「これから会社が社長を訴えますが、保険が下りるので安心してください」というのでは企業がお手盛りで訴訟を起こす可能性があり、取締役が執行部の経営を厳しく監視する目が緩みかねないからである。
実際に、東芝の不正会計をめぐり東芝が元社長ら5人に3億円(のちに32億円に増額)の損害賠償請求を提起したケースでも、保険金は支払われないとされる。東芝が加入していた保険は、会社(東芝)が役員を提訴した場合は保険金の支払いを対象外とするものであったためである。
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