「物言う株主」と言われるアクティビストファンドに注目が集まっている。
2015年6月、村上世彰氏が関与するC&Iホールディングスが、黒田電気に対して、自身を含む社外取締役4名の選任を提案するために臨時株主総会の招集を請求した。村上世彰氏といえば、言わずと知れた村上ファンドの創設者であり、2000年代には、ニッポン放送や阪神電鉄などへの「発言」で注目された人物である。その村上氏らが黒田電気に対し、臨時株主総会の招集を請求したことが明らかになったとき、世間では「物言う株主」の再来であると盛んに報じられた。
同年8月に行われた黒田電気の臨時株主総会において、村上氏らの提案は最終的には否決されるという結果に終わった。しかしながら、村上氏らの提案は、C&Iホールディングスの議決権割合18%を大幅に上回る37%程度の賛成を獲得したのである。
なお、C&Iホールディングスについては、同年11月25日、相場操縦の容疑で、証券取引等監視委員会による強制調査が行われたことが報道されており、この点も注目されるところである。
アクティビストファンドの活動は日本だけではない。昨年末には、米国における総合化学業界大手のダウ・ケミカルとデュポンとの経営統合が発表された。その背景には米国のアクティビストファンドであるサード・ポイントの影響があると言われている。サード・ポイントといえば、2013年5月にソニーに対してエンターテインメント部門の分社化と米国株式市場への上場を提案し、また、昨年来、ファナックやスズキ、セブン&アイ・ホールディングスと多くの日本株の取得を進めるなど、我が国においても認知され始めているアクティビストファンドである。
我が国において株主の活動が活発化している背景には、言うまでもなく、安倍政権の主導するコーポレートガバナンス改革がある。一昨年に策定されたスチュワードシップ・コード、および昨年施行されたコーポレートガバナンス・コードは、「車の両輪」となって株主と企業との間での建設的な「目的を持った対話」を促している。「攻めの経営」、「稼ぐ力」を目指してのことである。株主の活動は今後ますます活発になっていくと言って良いであろう。
今後注目されるのは、いわゆる「物言う株主」だけではない。かつては「物言わぬ株主」と評されてきた機関投資家までもが、一連のコーポレートガバナンス改革の中で、株主総会での議決権行使基準を厳しくするなどの変化を見せ始めている。中でも注目しなければならないのはスチュワードシップ・コードの対象とされている「機関投資家」のうち、特に、年金基金、保険会社、信託銀行、信託会社といった、中長期的に株式を保有する法人投資家である。中長期にわたり企業の株式を保有する機関投資家は、企業の中長期的な成長を支える重要な存在として想定されているのである。
企業は、「物言う株主」や変わりつつある機関投資家とどのように対話していくべきか。近時のコーポレートガバナンス改革の動きを踏まえて紹介したい。
2種類のアクティビストファンド
「物言う株主」について、典型的にはどのようなイメージを持つであろうか。かつての村上ファンドやブルドッグソースに対して敵対的買収を仕掛けたスティールパートナーズなどのファンドを想起する向きも多いのではないだろうか。
このようなアクティビストファンドは、2000年代中頃に我が国において活発に活動していた。しかしながら、それらは、2008年のリーマン・ショックをきっかけに撤退した。以下、このような2000年代中頃に顕著であったアクティビストファンドのことを「旧来型アクティビストファンド」と呼ぶこととしたい。
旧来型アクティビストファンドの特徴とは何か。一言で表現するならば、それは対決姿勢の強さである。旧来型アクティビストファンドは、一定割合の株式を保有していることを武器にして、対象会社に敵対的TOB(株式公開買い付け)やプロキシーファイト(委任状合戦)を仕掛けるなどの揺さぶりをかける手法をとっていた。目標は、企業に対し増配や自社株買いを要求し、最終的には高値で保有株式を売り抜け、短期的な利益を手にすることにあったといわれる。
冒頭に挙げた、C&Iホールディングスも、その外形に着目すれば、旧来型アクティビストファンドの特徴を有していると言って良さそうである。10%を超える株式を取得し、臨時株主総会を通じて自身の社外取締役選任議案を提案し可決を目指す。現在の我が国では、このような旧来型アクティビストファンドも再び活動し始めているのである。
他方で、最近では、旧来型アクティビストファンドとは異なる特徴を有する新たなアクティビストファンドも登場し始めている。以下、これから紹介する新しいアクティビストファンドを、旧来型アクティビストファンドと区別する意味で、「新型アクティビストファンド」と呼ぶ。
新型アクティビストファンドの特徴は、「対話」を重視するという点である。すなわち、会社に対して、株主提案を行ったり、株主総会でのプロキシーファイトを仕掛けたりといった直接的な攻防は避け、非公式に経営陣との面会を求めたり、レターを送付したりするなど、会社経営陣との対話を試みる方法をとるのである。それ故、会社に対して働きかけを行うに当たって議決権を多く持つことは不要であることから、旧来型アクティビストファンドと異なり株式の保有割合は数%程度に留まっていることが多い。
新型アクティビストファンドのもう一つの大きな、そして重要な特徴は、中長期的な利益を志向しているという点である。これに伴い、会社に対して提言する内容も、自己資本利益率(ROE)の改善や株主還元の充実など、経営状況やコーポレートガバナンスの改革につながる内容であることが多い。投資先企業の中長期的な企業価値の向上を通じて、自らも利益を上げるという方法が、新型アクティビストファンドの投資回収方法なのである。
すなわち、旧来型アクティビストファンドと新型アクティビストファンドとは、利益を得る手法、時期の目標が違うことから、投資先に対する働きかけ方も異なるのである。
2008年のリーマン・ショック以降、我が国では影が薄くなっていたアクティビストファンドであるが、なぜ最近になって、再び姿を見せるようになったのか。その大きな理由の一つは、金融緩和である。世界的な金融緩和の影響で、(新型・旧来型)アクティビストファンドが活動するための投資資金が潤沢に集まっているのである。現に米国のアクティビストファンドは、1000億ドル(約11.2兆円)というかつてない金額にまで運用資産残高を増加させていると言われている。
さらに重視しなければならないのは、新型アクティビストファンドの登場は、我が国で、株主と会社の対話を重視し、中長期的な企業価値の向上を図ろうとするコーポレートガバナンス改革が進められていることの影響を受けているであろうということである。
具体的には、日本版スチュワードシップ・コードが「機関投資家は、投資先企業やその事業環境等に関する深い理解に基づく建設的な『目的を持った対話』(エンゲージメント)などを通じて、当該企業の企業価値の向上やその持続的成長を促すことにより、顧客・受益者の中長期的な投資リターンの拡大を図るべきである」と定めていること(スチュワードシップ・コード・指針1-1.)、また、コーポレートガバナンス・コードが「市場においてコーポレートガバナンスの改善を最も強く期待しているのは、通常、ガバナンスの改善が実を結ぶまで待つことができる中長期保有の株主であり、こうした株主は、市場の短期主義化が懸念される昨今においても、会社にとって重要なパートナーとなり得る」と定めている(「コーポレートガバナンス・コード原案」序文・第8項)ことなどの影響を受けていると思われる。
この安倍政権の下で進められているコーポレートガバナンス改革は、我が国の機関投資家のみならず、アクティビストファンドなどの「物言う株主」にも影響を与えているのである。
スチュワードシップ・コードと機関投資家の活発化
ここで、コーポレートガバナンス改革が、我が国の機関投資家に及ぼした影響を見てみよう。日本版スチュワードシップ・コードが重要である。
日本版スチュワードシップ・コードは、「機関投資家」を対象として、スチュワードシップ責任の履行を求める、いわゆるソフトローである。スチュワードシップ責任とは、機関投資家が、対話などを通じて投資先企業の企業価値の向上や持続的成長を促すことにより、顧客や受益者の中長期的なリターンの拡大を図る責任のことをいう。日本版スチュワードシップ・コードの具体的な内容に関しては、「期待されるスチュワードシップ・コード効果」で詳しく述べたが、日本版スチュワードシップ・コードの受け入れを表明した機関投資家の数は、2015年12月時点で、ついに200社を超えている。国内の機関投資家のほとんどが揃っている点が重要である。
日本版スチュワードシップ・コードが、機関投資家に及ぼした影響は大きい。既に目に見える形で上場企業にも及んでいる。例えば、2015年3月の大塚家具での経営権争いにおいては、保険会社、年金基金などの国内機関投資家が、外国の議決権行使助言会社の動きをにらみつつ、自ら議決権行使について真摯に検討し決断を下した。さらに、我が国における代表的な機関投資家といえる生命保険会社が、株主総会での議決権行使基準を定め、議決権行使に先立ち積極的に企業との間で対話を行うようになってもいる。
「物言う株主」を受け入れる風土の形成
コーポレートガバナンス改革で変化したのは機関投資家だけではない。機関投資家の対話の相手方となる企業の側も大いに変わりつつある。その大きな要因の一つが、コーポレートガバナンス・コードである。
コーポレートガバナンス・コードは、株主との対話に関し、「上場会社は、その持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に資するため、株主総会の場以外においても、株主との間で建設的な対話を行うべきである」としている。そして、そのために社外取締役を含む経営陣幹部・取締役は、「対話を通じて株主の声に耳を傾け、その関心・懸念に正当な関心を払うとともに、自らの経営方針を株主に分かりやすい形で明確に説明しその理解を得る努力を行い、株主を含むステークホルダーの立場に関するバランスのとれた理解と、そうした理解を踏まえた適切な対応に努めるべき」とする(基本原則5)。
特に、中長期にわたり会社の株式を保有している株主は、「市場においてコーポレートガバナンスの改善を最も強く期待して」おり、かつ、「ガバナンスの改善が実を結ぶまで待つことができる」ため、「会社にとって重要なパートナーとなり得る」とされている。上記の基本原則5は、会社に対し、そのような重要なパートナーである株主との間で建設的な「目的を持った対話」を行うことを求め、自社のガバナンス上の課題を自律的に解決していくことを期待しているのである。日本版スチュワードシップ・コードとコーポレートガバナンス・コードは、まさに「車の両輪」となって、機関投資家と上場会社との間での建設的な対話の実現、ひいては中長期的な企業価値の向上を目指しているのである。
既に述べたとおり、我が国において、アクティビストファンドの活動が(再び)活発化し始めた背景には、これら2つのコードが存在しており、それぞれ機関投資家と上場企業を事実上縛っているという事実が存在しているのである。
2015年2月、シンガポールのエフィッシモ・キャピタル・マネージメントが、セゾン情報システムズへ敵対的TOBを仕掛けた。エフィッシモが提出した「対質問回答報告書」の中で、スチュワードシップ・コードに言及されていたことは、「変わる敵対的買収をめぐる攻防」の中でも紹介した。また、C&Iホールディングスの黒田電気に対する提案(社外取締役4名の選任)においては、「コーポレートガバナンス・コードの実践を黒田電気に期待するもの」と説明がなされていた。
このような実例を踏まえると、コーポレートガバナンス改革が進むにつれ、企業がアクティビストファンドの関与を受ける可能性は高くなっていると言えるだろう。
新型アクティビストファンドの機関投資家への影響
特に新型アクティビストファンドに関していえば、機関投資家が新型アクティビストファンドに同調する可能性があるという点が決定的に重要である。新型アクティビストファンドは自ら大きな割合での株式を保有することなく、上場企業の経営に決定的な影響を及ぼしうるということである。
新型アクティビストファンドの特徴は、中長期的な利益を求め、会社に対して対話などの手法で変革を求めることである。他方で、機関投資家が求めるのもまた、投資先企業の中長期的な価値の向上、ひいては機関投資家の背後にいる顧客・受益者の中長期的な利益である。つまり、両者の目的は重なり合っているのである。
したがって、投資先企業の中長期的な企業価値の向上を目指す機関投資家が、目的を同じくする新型アクティビストファンドの提案を無視することができないどころか、これに賛同する可能性、さらには、新型アクティビストファンドと協力して会社に対して対話(エンゲージメント)を行うようになる可能性も十分に存在する。
企業はどのように株主に向き合うべきか
では、企業はアクティビストファンドや機関投資家にどのように対応していくべきであろうか。
新型アクティビストファンドや機関投資家は、コーポレートガバナンス改革が目指す「中長期的な企業価値の向上」という目標を同じくしている。こうした株主からの働きかけに対しては、正攻法が何よりの方法である。つまり、自律的に中長期的な企業価値の向上に取り組むこと、そして、その方針を真摯な対話により理解してもらうこと、さらに対話の前提となる適切な情報開示を行うことである。
コーポレートガバナンス・コードは、情報開示に関し、上場会社は、財務情報や経営戦略・経営課題、非財務情報について、法令に基づく開示を適切に行うとともに、法令に基づく開示以外の情報提供にも主体的に取り組むべきとしている(基本原則3)。請け売りの言葉ではなく、自らの言葉での積極的な情報開示が求められていることを忘れてはならない(「横並びではなく自らの言葉による開示を」参照)。自社の成長方針や理念などを十分に納得してもらうことで初めて、保険会社、年金基金などの機関投資家との関係でも経営の正当性の基盤を強化し、自社の持続的な成長に向けた取り組みに邁進することができるのである。
他方で、短期的な利益を志向する旧来型アクティビストファンドにはいかに対応すべきか。
旧来型アクティビストファンドであっても、対話を試みるという基本方針は同じである。旧来型アクティビストファンドの考え方を理解することにより、旧来型アクティビストファンドの提案などに対して具体的に反論するきっかけを得ることが可能となるからである。しかしさらに重要なのは、やはり、平時から中長期的な企業価値の向上を志向する機関投資家や株主との対話を行い、自社の企業価値を向上させる方策について十分に理解し、実践することである。
短期的な利益を志向する旧来型アクティビストファンドが狙いを付ける会社は、一般株主や保険会社、年金基金などの機関投資家から見ても、経営戦略上の問題が含まれていることが多いといわれている。例えば、戦略なき過度な内部留保があれば、旧来型アクティビストファンドからそれを株主に還元するよう求められるだけでなく、これらの機関投資家などからも設備投資やM&Aなどの「攻め」の経営をするよう求められるであろう。
このような事態に対応するには、旧来型アクティビストファンドに狙われているか否かにかかわらず、株主との対話を重ねていく中で、自社の中長期的な企業価値の向上策を具体的に模索していく必要があるのである。そうすることにより、そもそも旧来型アクティビストファンドから狙われて過度な株主還元などを求められる可能性が小さくなる。
そして、また、狙われた場合であっても、会社の中長期的な経営方針を理解した新型アクティビストファンドや保険会社、年金基金などの機関投資家が会社の味方となってくれることを期待できる。ここが決定的に重要である。株主との対話を怠れば、敵対的買収防衛策の継続議案すら否決され得るのである。このことは、実際に、2014年のカプコンの定時株主総会にも表れている(前述した「変わる敵対的買収をめぐる攻防」参照)。
中長期的志向を持つ株主は、アクティビストファンド対応においても、会社の重要なパートナーとなり得るのである。
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