2017年の株主総会に向け、議決権行使助言会社の大手2社が議決権行使助言方針(以下、双方または一方の議決権行使助言方針を「新助言方針」という)を改定・公表した。米インスティテューショナル・シェアホルダー・サービシーズ(ISS)と米グラスルイスである。
議決権行使助言会社とは、機関投資家を顧客として、投資先企業の株主総会議案に対する議決権行使について賛成・反対の推奨を行う会社である。
議決権行使助言会社といえば、その機関投資家への議決権行使の助言の結果、日本を代表する巨大企業に対して決定的な影響を与えたように見える実績がある。
例えば新日鐵住金とキヤノンである。
2013年、ISSが社外取締役の1人もいない企業の経営トップの取締役選任議案について反対を推奨していた。すると、その後に開催された同年の株主総会において、当時、社外取締役を選任していなかった新日鐵住金の会長と社長、およびキヤノンの会長兼社長の取締役選任議案への賛成率が8割を下回るという事態が起こったのである。翌年2014年、新日鐵住金とキヤノンは社外取締役を初めて選任している。
また、2016年6月には、ISSが、東芝の新社長候補であった取締役の再任について反対を推奨した。会計不祥事の責任を問う趣旨である。グラスルイスも当該取締役の再任に反対を推奨した。
その後に開催された東芝の株主総会では、当該取締役は再任され新社長となったものの、他の取締役の賛成率(約97%~98%)に比べて低い賛成率(87.06%)であった。
今回の新助言方針において、ISSは相談役・顧問制度を新たに規定する定款変更議案について反対を推奨することとした。グラスルイスは、新助言方針に、役員(取締役及び監査役の総数)の3分の1以上を独立役員とすることや、役員兼任数の上限を引き下げることなどを新たに盛り込んだ。
おりしも、日本版スチュワードシップ・コードの見直しが金融庁で検討されている。そのなかに、機関投資家が個別企業・議案ごとの議決権行使結果を公表すべきことを同コードに盛り込もうとする動きがある。これを受けて、機関投資家が議決権行使の適正さを担保するために、議決権行使助言会社の判断に事実上準拠するようになり、議決権行使助言会社の影響がさらに強まることが予想されている。議決権行使助言会社の力は大きいのである。
以下では、新助言方針を踏まえ、相談役・顧問制度や社外取締役の兼務制限の問題点などを紹介する。
ISSの新助言方針
前述のとおり、ISSは新助言方針により、2017年2月の株主総会から、相談役・顧問制度を新たに定款に規定しようとする場合、その定款変更に反対を推奨することとなる。ただし、相談役や顧問を取締役の役職として規定する定款変更については、必要があれば株主はその取締役に対して責任を問うことができるため、反対は推奨しない。
このような新助言方針の背景には、日本の会社において、社長・会長経験者などが、退任後も相談役や顧問などの役職に就いて、何年も会社に残ることが珍しくないという事情がある。
ただし、新助言方針による直接的な影響は少ない。ISSの調査によると、28%の企業が相談役・顧問制度を既に定款に規定しているとのことであるが、そもそも相談役・顧問は会社法上の機関ではない任意の制度であり、相談役・顧問を設置する場合でも定款に規定する必要はないのである。ISS自身も、新たに定款変更により規定する企業はかなり少ないことを想定し、新助言方針の直接的な影響は少ないという考えを示している。
ISSの新助言方針の意図は、相談役・顧問が影で影響力を行使することに対して、投資家の懸念が高まっていることをメッセージとして市場に伝えることにあると見られる。
具体的なきっかけとなったのは、2015年の東芝の不適切会計事件である。当時、東芝には、多くの相談役や顧問が存在し(最多時で相談役5名、顧問27名)、社長、会長の経験者が80歳まで相談役としてアドバイスをしていると言われていた。現に、不適切会計事件の後のトップ人事を、当時相談役であった西室泰三氏が主導したと報道され、相談役が経営に大きな影響力を持っていたと言われている。
上場企業の6割で相談役・顧問が就任
相談役・顧問制度については、2016年9月、経済産業省が、東証1部・2部上場会社を対象としてアンケートを実施している。アンケートの回答によると、少なくとも62%の会社において相談役・顧問が就任している。
多くの会社において相談役・顧問に報酬が支払われており、個室やスタッフ、社有車を利用できるとしている会社も少なくない。相談役・顧問の役割としては、役員経験を踏まえた現経営陣への指示・指導と回答した会社が最も多かった。他にも、相談役・顧問は、事業関連活動(業界団体や財界での活動など)の実施や、顧客との取引関係の維持・拡大などの役割も担っているとのことである。
このような役割を担っているとされる相談役・顧問だが、経産省のアンケートに回答した会社のうち相談役・顧問について何らかの見直しを実施、検討した、または検討中としているのは20.1%だ。5社に1社に過ぎない。各社ともそれぞれの判断と捉えているのであろう。
東芝は、2016年6月、相談役制度に関する規定を削除する定款変更を行い、相談役制度を廃止した。顧問制度についても、役員退任者が一律に就任することを廃止している。
また、日立製作所では、2016年6月、川村隆氏と庄山悦彦氏が相談役を退任した。これにより、相談役制度自体は廃止しないものの、日立製作所には相談役が不在となった。川村氏は、CEOに近い立場の人間が何人も社内に残ると社員やステークホルダーが混乱する、卒業生はCEOを邪魔せず、相談などを持ちかけられた時に自身の経験に基づいた助言をする役割に徹すべき、という趣旨の発言を行っている。将来の日立のために必要な措置であるという判断であると思われ、注目される。
相談役・顧問制度に関する問題点
ISSは、社長・会長経験者などが会社に残り続けることは、これらの者が他の会社で社外取締役として務める機会の減少につながり、このことが日本で社外取締役候補者の人材プールが充実しにくい一因であると指摘する。しかしながら、相談役・顧問が他社の社外取締役を兼任することも少なくないため、相談役・顧問制度が社外取締役の人材不足の原因とは必ずしも言えないだろう。
いずれにしても、社長・会長が退任後に社外取締役になること自体は望ましいことである。独立社外取締役は、経営の方針や経営改善についての助言や経営の監督を行う役割を果たすことが期待されており(コーポレートガバナンス・コード原則4-7)、会社経営についての知見をどの程度有しているかが重要となるからである。経営トップやその経験者は、経営の経験が豊富であり、独立社外取締役として最適任であると考えられる。
ISSは、現経営者に及ぼす影響という観点からも、相談役・顧問制度の問題点を指摘している。この点は重要である。社長・会長経験者などが相談役・顧問として会社に残っていることが原因で、後継者である現在の社長・会長が、前任者が決めた経営戦略を変更することが困難になることを指摘しているからである。例えば不採算事業について、相談役・顧問の思い入れが強い場合、その事業から撤退することが遅れてしまうおそれがあると考えられている。
さらに、相談役・顧問制度に関しては、その透明性について投資家が懸念を抱いているという問題もある。ISS日本法人代表の石田猛行氏は、元の社長がアカウンタビリティー(説明責任)なしに会社経営に影響を及ぼすことが問題であると指摘している(経済産業省のCGS研究会第4回配布資料5。石田委員提出資料)。相談役・顧問は、取締役でない限り、その活動や報酬が開示されることはほとんどなく、株主総会での選任や株主代表訴訟の対象にもならない。このように、株主による監視・監督が及ばないにもかかわらず、会社の経営に影響を及ぼしうる相談役・顧問という制度については、海外の投資家から見て違和感があると言われている。
以上に述べてきたとおり、相談役・顧問制度については複数の問題点が指摘されているが、一方でメリットもある。
例えば、前述のとおり、相談役・顧問は会社の取引関係の維持・拡大などの役割を担っているほか、相談役・顧問が会社に残ることで、現経営者が日常的に経営に関する悩みを相談することも可能となる。現経営者が多忙である場合には、その代わりに、会社の社会貢献活動を担ってもらうことも考えられる。また、社長・会長のスムーズな退任を実現させるために次の席を用意しておくということも指摘されている。さらには、会社の継続性を社会に訴求することもできる。
そもそも、相談役・顧問の実態は会社によって異なるのであり、やみくもに廃止すればよいという問題ではない。今回のISSの新助言方針をきっかけとして、それぞれが相談役・顧問制度について再検討し、制度の透明性やその役割・重要性などを株主などに説明することが重要であろう。透明性という観点からは、相談役・顧問の報酬総額や常勤か非常勤かなどを株主に開示することも考えられる。
グラスルイスの新助言方針
グラスルイスの新助言方針は、まず、監査役設置会社について、役員(取締役及び監査役の総数)の3分の1以上を独立役員とすることを求めている。独立役員が3分の1以上という基準を満たしていない場合、基準を満たすまで、社内役員または非独立役員(社外役員ではあるが、取引関係や株式保有関係などから見て非独立と判断される役員)に関する選任議案への反対を推奨し、会長(会長職が存在しない場合、社長またはそれに準ずる役職の者)に関する選任議案への反対も推奨するという。まず会長、次いで社長という点が興味深い。
ここでいう役員には監査役も含まれるため、社外取締役が1名しかいない場合でもこの基準を満たすことは可能であるが、時価総額上位100社を見ると、この基準を満たしていない会社が30社程度存在する。これらの会社のなかには、今後どのように対応するかについて、株主の分布などの個別事情を踏まえ検討が必要となるところもあるに違いない。
グラスルイスは、新助言方針において、役員の兼務制限につき上限の引き下げを行うという改定も行っている。上場会社の執行役員(executive officer)を務めていない役員については、6社(従来は7社)以上の上場会社で取締役・監査役を兼任することに反対を推奨し、上場会社の執行役員を務めている役員については、3社(従来は5社)以上の上場会社で取締役・監査役を兼任することに反対を推奨するとしている。すなわち、執行役員を務める取締役は、自らが執行役員を務める会社のほかには、1社までしか取締役・監査役の兼任を認めないのだ。
また、グラスルイスの新助言方針においては、以上のような改定の他にも、指名委員会・報酬委員会の委員長を社外取締役とすることや、株式型報酬制度に関する助言方針の改定が行われている。
社外取締役の兼務制限と問題点
上場会社に適用されるコーポレートガバナンス・コードは、取締役・監査役に対し、「その役割・責務を適切に果たすために必要となる時間・労力を取締役・監査役の業務に振り向ける」ことを求め、「例えば、取締役・監査役が他の上場会社の役員を兼任する場合には、その数は合理的な範囲にとどめるべき」であるとする(補充原則4-11②)。この「合理的な範囲」について具体的な数値基準は設けられていない。各会社の合理的な裁量に委ねられているということで、それは適切である。なお、時価総額上位100社のうち、社外取締役が2社以上を兼務している会社は83社にのぼる。
社外取締役がその役割を果たすには、十分な時間が必要である。社外取締役は、事前に送付された取締役会の資料を読み、内容を理解した上で取締役会に出席することが求められる。会社の事業などを理解することも必要であるため、十分な事前準備の時間を確保しなければならない。
したがって、一般的に言って、兼任数が多くなればなるほどそれぞれの会社に十分な時間を費やすことは難しくなっていく。しかしこの点については、会社の規模、業種などで相違があることも言うまでもない。
日経平均株価採用225社のうち71社が社外役員の兼務に一定の制限を設けている。例えば、日立製作所は、同社の他に4社を超える上場会社の役員を兼職しないことが望ましいとする(コーポレートガバナンスガイドライン)。
兼任数以外の方法で制限をしている会社もある。東洋紡は、取締役・監査役候補者を決定するまでに、期待される職務の遂行に支障となるような兼務状況がないことを確認している(コーポレートガバナンスに関する報告書、2016年6月)。
また、本田技研工業は、社外取締役及び社外監査役が他社から新たに役員就任の要請を受けたときは、その旨を社長に通知することを定めている(Hondaコーポレートガバナンス基本方針)。数といった形式的な基準ではなく実質を重視するところが興味深い。
社外役員が取締役会においてどのような活動をすることができるかについては、個々の社外役員によって異なる。したがって、単に兼任数の上限を設ければ良いという問題ではない。現にコーポレートガバナンス・コード上、兼務制限については、各社の合理的な裁量に委ねられているのである。
このような各会社の合理的な裁量の範囲に関して、亀田製菓はコーポレートガバナンスに関する報告書(2016年6月)で、合理的な兼任数のメドを定めつつ、これを超える場合であっても、取締役会で検討・決議を行うこととしている。
他社の役員の兼任について、従来より当社では主に利益相反取引の観点から取締役会にて決議をしておりますが、当社の取締役・監査役業務に時間・労力を振り向けることができる合理的な上場企業役員兼務数の目途について当社を含め4社とし、これを超える場合には、そのリスクについて取締役会で検討し、問題がない場合は兼務を了承する旨の決議を行うことといたします。
「形式」から「実質」へ
相談役・顧問制度の廃止や役員の兼務制限などを実行することで直ちにガバナンスが強化されるわけではない。肝要なのは、各社の実情に応じて自社のガバナンスについて検討し、株主などに必要な説明することである。
機関投資家の判断も形式ではなく実質が求められている。議決権行使助言会社による助言サービスの利用に当たっては、助言者の質だけでなく助言そのものの質も具体的に検証するなど、自ら実質的な判断を行うことが求められよう。
日本版スチュワードシップ・コードも、機関投資家は、議決権行使助言会社のサービスを利用する場合であっても、議決権行使助言会社の助言に機械的に依拠するのではなく、投資先企業の状況や当該企業との対話の内容等を踏まえ、自らの責任と判断の下で議決権を行使すべきとしている(指針5-4.)。例えば、議決権行使の判断が議決権行使助言会社と一致するのであれば、なぜ一致するのかなどを説明すべきであろう。
議決権行使助言会社についても、形式的な企業の対応を助長する結果につながらないよう、実質的な判断を行うよう努めることが求められる。
最後に、ISSが行った実質的な判断の例をあげたい。ISSが、自らの議決権行使助言方針を形式的に適用してはいない好例である。
ISSは、取締役会の出席率が75%に満たない取締役の選任に原則として反対を推奨する助言方針を掲げているが、2016年6月、ソフトバンクグループの社外取締役である永守重信氏について、人物本位で評価して、出席率が55.6%であったにもかかわらず、永守氏の再任に賛成を推奨したのである。
2017年はコーポレートガバナンス・コードが施行されて3年目であり、日本版スチュワードシップ・コードの改定も予定されている。コーポレートガバナンス改革を「形式」から「実質」へと進化させることがますます重要な課題となっている。
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