まだまだ男盛りの中高年に容赦なく襲いかかる体の悩み。医者に相談する勇気も出ずに、1人でもんもんと悩む人も多いことだろう。そんな人に言えない男のお悩みの数々を著名な医師に尋ね、その原因と対処法をコミカルで分かりやすく解き明かす。楽しく学んで、若かりし日の輝いていた自分を取り戻そう。
新入社員や異動でやってきた部下などで、新年度のオフィスはてんてこ舞い。課長のオレとしては、ニューカマーに早く水に慣れてもらいたく、優し~く振る舞っているつもりなのだが、なかなかなじんでもらえない。隣の課長には、軽口を叩く余裕もある彼らだが、なぜかオレの前では「金縛り」状態。どうしてなのか「お局さま」に聞いてみると「顔が怖いのよ」とつれない。確かに、視力が良くないせいか、顔をしかめるクセがあり、眉間には大きなシワができてしまう…。それで「気難しい」人間に見えるらしい。妻の意見は「頼りがいのある顔だけど、フレンドリーじゃないわね」だ。「男の顔は履歴書である」という名言はあるが、少しだけ優しい印象を持たれたい。
かつて日本には「頑固じじい」がいっぱいいた。眼光鋭く、額には深いしわが刻まれ、口を「への字」に曲げながらオレたちをいつも怒鳴りつけていた。
そんな怖ろしい「頑固じじい」でも、時折違った表情を見せることもあった。初めて誕生した孫が、かわいらしい仕草をしたときなど、緊張した表情が和らぎ、しっかり結んでいた口もとが緩んでくる。そんな顔を見て「へえ」と思ったものだ。
顔には感情を表情として表す筋肉がある
このように人間は、顔に豊かな感情が現れる動物だ。そして、その表情を作り出している筋肉が「表情筋」である。顔面、頭部、首の一部にある皮膚を動かす筋肉で眼のまぶたを動かしたり、食事のときに口を動かしたりする役割も担っている。
毎日、人々のコミュニケーションに重要な役割を果たしている表情筋だが、あまり酷使し続けると、やがてあの「頑固じじい」のように、顔の印象が大きく変わっていくこともある。
表情筋の動きが作るしわが加齢によって深くなる
驚いたときには眉が上がり、不快なとき、一生懸命ものを考えるには眉をひそめる。また物をじっくり見ようと目を細めることもある。こうしたとき、おでこには横方向に、眉間には縦方向にしわが寄る。また、大笑いすれば目尻にもできる。
これらは誰にでも現れるしわだが、加齢とともに気になり始める人が増えてくる。美容皮膚科の専門家である銀座ケイスキンクリニック(東京都中央区)の慶田朋子院長は「表情筋によるしわは、若いうちなら、すぐに元通りになるが、皮膚を伸び縮みさせる表情をくり返していると、年齢とともに少しずつクセとなって、いつまでも残るようになる」と話す。
表情筋のしわは、おでこ、眉間、目尻、口元、顎などにできやすい。女性の場合はどれも「老けて見える」と悩みの種になるが、男性で気にする人が多いのは、圧倒的に眉間である。
実際、眉間に深いしわが寄っていると、どうしても「怒っているのでは」「気むずかしい人なのでは」と思われがちだ。「箔が付いていい」という考えもあると思うが、接客業などではマイナス面が多いのは明らかだろう。オフィスでも、部課長職が直接若手の意見を聞く機会が多いならば、見た目は「ソフト」な方がコミュニケーションは取りやすい。
ボトックス注射で表情筋の収縮を止める
慶田院長は、「最近、こうした眉間の深いしわの相談で、美容皮膚科、美容外科を訪れる40~50代の男性が増える傾向にある」と話す。こうした男性患者に適した治療法の1つが「ボトックス治療」だ。
この治療は、A型ボツリヌス毒素という成分を、眉間のしわの原因となっている表情筋に注射(筋肉注射)する施術だ。A型ボツリヌス毒素は神経の信号が筋肉に伝わるのを抑制するため、注射された筋肉は収縮しなくなる。この仕組みを応用して、頑固な表情筋のクセを治していく。ちなみに顔の大きなたるみやしわを改善する「フェイスリフト手術」などのように、顔にメスを入れる整形手術は必要なく、外来で治療可能だ。
慶田院長は「女性の場合は、おでこをはじめ、顔の幅広い領域の表情筋を治療することが多い。一方、もともとおでこの横じわが目立ちやすい男性に対して、しわが全く寄らないように多めに注射を行うと、眉が動きにくい不自然な表情になる可能性がある。このため、おでこは過剰な収縮を抑える程度に少なめに注射し、眉間部のしわはしっかり治療することが多い」と話す。
下図には、慶田院長が行っている注射部位を示した。眉毛の上の注射は「皺眉筋」(すうびきん)の動きを抑制する働きがある。注射治療を受けると3日ほどで眉間に寄せる筋肉の動きが弱まり、1週間後には深い縦じわが目立たなくなってくるという。
ボツリヌス毒素を注射する部位の例(慶田院長の場合)
重要なことは、施術してから約1週間後にもう一度受診し、主治医に筋肉の動きを確認してもらうことだ。慶田院長は「A型ボツリヌス毒素の効果に左右差が出ている場合、表情に不自然さが出ることがある。その場合、筋肉の動きを確認しながら、必要に応じて再び注射による修正(タッチアップ)を行うことで自然な仕上がりになる」と話す。
また、A型ボツリヌス毒素の効果は時間とともに弱まっていく。慶田院長は「最初の1年は4カ月ごとの注射治療を続けるといい。筋肉の動きが弱まれば、眉間にしわを寄せるクセも減ってくるので、次第に効果の持続時間が長くなる。その結果、2年目以降は治療回数を減らすこともできる」と説明する。どんな目的で、どれぐらいしわを改善したいのか、医師とよく相談しながら治療を続けるといいだろう。
治療費用は5万円、重症例にはヒアルロン酸注射も
ボトックス治療の医療費や注意点などについても紹介しておこう。
A型ボツリヌス毒素の注射剤は、まぶたや片側顔面のけいれん、首の傾きや震えなどいくつかの病気への使用が認められている。眉間の表情じわを治療するための注射剤(ボトックスビスタ)も2009年に承認されているが、こうした美容外科、美容皮膚科領域では健康保険の適用対象にはなっていない。
そのため眉間をはじめとする表情じわの治療は、全額自己負担(自由診療)となる。費用は医療機関によって異なるが、銀座ケイスキンクリニックの場合は、タッチアップを含めて1回5万円程度だ。医療機関によっては、国内で未承認のA型ボツリヌス毒素製剤を輸入し、低価格で施術を行っている場合もあるが、こうした薬剤は国内で安全性を確認する臨床試験を行っていないことは事前に知っておく必要があるだろう。
またボトックス治療だけでは、顔の印象が穏やかにならない場合もある。慶田院長は「男性は女性と比較して表情筋がしっかり発達している。長年かかってできた深いしわの場合、皮下組織の構造そのものに“折り目”ができてしまっている」と話す。その場合、眉間の筋肉を弱めただけでは元には戻らない。そのため、「ヒアルロン酸」を皮下に注入するなどの治療を行うことで、しわを目立たなくするという。
さて、「男はハートで勝負」という言葉より「ビジネスマンは見た目が◎割」といった言葉にリアリティを感じる昨今。「まさかオレが美容医療なんて…」と思っているビジネスマンは多いだろうが、時に相手に与える印象で悩みを抱えている人にとっては問題解決の大きな糸口になるはずだ。
慶田朋子(けいだ ともこ)さん
医学博士。銀座ケイスキンクリニック 院長

1999年、東京女子医科大学医学部医学科卒業。東京女子医大皮膚科 助手、都内皮膚科・美容クリニック 勤務を経て、2006年に有楽町西武 ケイスキンクリニック開設。2011年に銀座ケイスキンクリニック開設。日本皮膚科学会認定皮膚科専門医。日本レーザー医学会認定レーザー専門医。
この記事は日経Gooday 2015年4月13日に掲載されたものであり、内容は掲載時点の情報です。
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