今夜はすぐに眠りたい、ぐっすり寝たい…というときに、「寝酒」をあおる人は多いに違いない。たしかに、酔いの助けを借りて寝ると、深く眠ったような感覚もなくはない。でも、ちょっと待った! 入眠の手助けにアルコールを常用していると、やがて睡眠トラブルを起こす原因にもなりかねないという。睡眠とアルコールの関係について取材を進めると、実は怖~い話が待っていた…。
不安やイライラを感じて眠れない、あるいは気が高ぶってどうしても眠気がやってこない―。そんな時の「助っ人」として、酒を手に取ってしまうことはないだろうか?
アルコールの力によって、徐々に瞼(まぶた)が重くなり、すーっと眠りにつくことができる。確かに、筆者もその効果は実感する。
寝酒の力を借りて寝れば、ぐっすり眠れるかと思いきや…。酒量がだんだんと増えているようならば、後々、睡眠トラブルを起こしかねない。(©lacamerachiara-123rf)。
しかし、朝までグッスリ眠れるかといえば、必ずしもそうではない。数時間後に目が覚めてしまい、その後は目が冴えてしまいまったく眠れない…ということもある。こうした経験は、左党はもとより、一般の人でも少なからず一度はあるはずだろう。
「寝酒」の力を借れば、「眠りが深くなる」「ぐっすり眠れる」と考えている人は多いようだが、実際はどうなのだろうか。睡眠とアルコールとの関係に詳しく、アルコール由来の不眠治療などにも実績がある「新橋スリープ・メンタルクリニック」(東京都港区)の佐藤幹院長に、その真相についてうかがった。
アルコールは寝入りばなの睡眠を深くする
「睡眠の仕組みは、そもそも性質の異なる浅い眠り『レム睡眠』、深い眠り『ノンレム睡眠』の2つで構成されています(下図参照)。睡眠の深さは、脳波の活動性によってステージを4つに分けていますが、特にアルコールを飲んでから寝ると、入眠までの時間が短縮され、ステージ3、さらに4といった深い眠りの『徐波睡眠(じょはすいみん)』が増加することがわかっています。この睡眠は深くて長くなるほど、体の細胞を修復するために必要な『成長ホルモン』の分泌を増やします」(佐藤院長)
睡眠は「レム睡眠」と「ノンレム睡眠」の2つで構成されている
入眠した後、ステージ3、4まで到達する深い眠りは「徐波睡眠」と呼ばれる(上図のピンクの部分)。徐波睡眠は、体の回復にかかわる「成長ホルモン」の分泌を促し、細胞の修復、脳の休息といった役割を果たす。
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酒を飲んで眠ると、たしかに寝入りばながよく、また深く眠れたような気がするのは、徐波睡眠のおかげであるわけだ。実際、日本人を対象にした研究(Sleep Med,;2007,Nov,(8),723-32)によれば、「週1回以上の寝酒を習慣にしている人」は、男性48.3%とおよそ2人に1人にあたる(女性は女性18.3%)。
すると、「寝酒は睡眠の質を上げてくれる!」と、左党は都合の良いように解釈したくなるが、そうは問屋が卸さない。
寝酒に頼った誘眠作用は3~7日でなくなる!?
「入眠後に訪れる徐波睡眠だけを見れば、寝酒は睡眠の質を高めそうに思えます。ですが、アルコールによってもたらされる反跳性作用(はんちょうせいさよう)によって、深い眠り(ノンレム睡眠)から切り替わった後の浅い眠り(レム睡眠)が長く続くために、中途覚醒を招きやすくします。つまりアルコールは、睡眠全体を見ると質を低下させてしまうのです」(佐藤院長)
では、睡眠の質を下げる「反跳性作用」は、アルコールの何が引き起こしているのだろうか。
寝酒は入眠を促進し「徐波睡眠」を増やす
アルコールの作用で、入眠が早くなり、ステージ3、4まで到達する時間も早くなるために、「徐波睡眠」が増えると考えられている。しかし、その反跳性によってレム睡眠が長くなり、これが中途覚醒の要因になるとされる(グラフは取材を基に編集部で作成したイメージ)。
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「それはアルコールを肝臓で分解する際に生じるアセトアルデヒドにあります。この物質は血液を通して脳内で増えることによって交感神経を優位にするために、睡眠時における正常な脳の休息を阻害します。これが中途覚醒の要因になります」(佐藤院長)
続けて、佐藤院長はこう指摘する。「寝酒を習慣にしても、だんだん寝つきが悪くなったり、中途覚醒が増えたりすると、お酒の力にさらに頼ろうとする人がいますが、これはかえって逆効果。アルコールに依存した誘眠作用は3~7日もすると効きが悪くなってくるために、無意識に量を増やしてしまう原因にもなる。睡眠の質をますます低下させるうえに、アルコール依存症といったリスクを上げる危険性があります」。
例えば、最初のうちは350mLのビール1本の寝酒で済んでいたが、500mL、1L…とだんだんと酒量が増えていたり、アルコール度数の強い酒に頼り出したりしたら要注意というわけだ。
「そもそもアルコールは、脳内に存在する抑制性の神経伝達物質であるGABAの中にある『GABAA受容体』と結びつくことで、リラックスや幸福感をもたらします。同時に、興奮性神経伝達であるグルタミン酸系を抑制(特にNMDA受容体の抑制)することで、入眠が促進されて、深い睡眠に早くたどりつけます。半面、GABAA受容体は“依存”も高めるために酒量を増やすと考えられています。先に申し上げた、アルコールによる入眠作用が3~7日で効かなくなってくることが加わると、最初に350mLで“効いた”ものが500mL必要になり、500mLが1Lに…となる。寝酒に頼らずに寝る習慣を取り戻すことが大切なのです」
寝酒の習慣が睡眠障害の原因に、うつのリスクも!
佐藤院長によれば、アルコールに頼り続けて、睡眠の質が低下した状態が慢性化してくると、やがて『過覚醒』と呼ばれる心身が一定の緊張状態を続ける生体防御反応を起こすようになるという。「身近な例で言うと、徹夜明けで心身は疲れて眠いのに、ベッドに入っても頭が冴えて眠れない状態です。こうなると、睡眠のリズムが狂うだけではなく、交感神経が活発に動く状態が続くことで、わずかなことでイラついたり、キレたり、ひどい時はうつ病に至ることもある」(佐藤院長)。
ここまで聞いてくると、寝酒による身体への影響は、我々が想像していた以上に大きい。では寝酒を止めたら、すぐに上質な眠りを得ることができるのだろうか?
「これまでの治療経験から言えば、一度、過覚醒の状態まで乱れてしまうと、アルコールを止めたとしても、半年前後は正しい睡眠リズムに戻りにくいと感じています」(佐藤院長)
寝酒に頼る前に「睡眠衛生」のチェックを
寝酒を止めてもなお、しつこくつきまとう睡眠障害のリスク。「家に酒を置かないこと」が、寝酒を止める一番の近道だが、左党にとってそれはあまりにも厳しすぎる選択。ストレスなく、すぐに実践できる改善策はないものだろうか?
「もちろん眠るための手段に酒を用いるのはお薦めしませんが、『食事を楽しむため』『リラックスするため』の飲酒は、適量を守りさえすれば、むしろ睡眠に悪影響を及ぼしにくいと考えています。万が一、飲み過ぎてしまったら、血中アルコール濃度を下げるため、寝るまでに水を飲んで『ウォッシュアウト』を行うといいでしょう。そうしたことを踏まえた上で、まずは寝酒を止め、眠るために必要な『睡眠衛生』を守れば睡眠の質は徐々に向上すると思われます」(佐藤院長)
佐藤院長による「睡眠衛生」チェックリスト
・入浴(またはシャワー)は就寝2時間前に済ませる
・湯船の温度は40度前後のぬるめに設定する
・寝る1時間前にはスマホやパソコンを使用しない
・深夜に、コンビニなどの明るい場所に行かない
・平日も休日も、朝は同じ時間に起床する。
実際に患者をカウンセリングする際にも使用される『睡眠衛生』のチェック項目を見る限り、「入浴するタ時間」「湯船の温度」「目から入る光のコントロール」「起床時間」…と、どれも小学生でもできそうな生活習慣の最低限の見直しばかり。そう難しいことはなさそうだ。
どうしても寝酒が止められなければ…
それでも「どうしても寝酒が止められない」という人は、ズバリ“奥の手”を使うしかない。
「様々な研究報告でも知られていることですが、睡眠の質が低下すると高血圧、糖尿病、メタボリックシンドロームといった生活習慣病のリスクを上げます。またアルコールが持つ『筋弛緩作用』によって喉の筋肉が緩むために、気道が狭まり、『睡眠時無呼吸症候群(SAS)』や、いびきの悪化といった原因にもなります。こうしたリスクを知ってもなお、寝酒を止められない人は、思い切って睡眠外来などで相談し、医師が処方する睡眠導入剤を飲むことをお薦めします。日本人はとかく睡眠導入剤を怖がる傾向がありますが、医師として薬学的見地から言えば、ヒトの体を数時間でベロベロにさせるアルコールのほうがよっぽど怖い(笑)。今は常習性のない睡眠薬も開発されているので、検討する余地は十分にあると思います」(佐藤院長)
寝酒を使って「良く眠れた」と思っても、翌日の仕事で効率が上がらなかったり、仕事中に睡魔が襲ってくるようであれば、それは睡眠の質が十分ではなかったと自覚すること。快適で上質な睡眠を得るためにも、酒は“手段”にせず、“楽しむこと”に徹するのが正解のようだ。
佐藤 幹さん
新橋スリープ・メンタルクリニック院長

医学博士。1997年東京慈恵会医科大学卒業、同大学精神医学講座入局後、2003年~10年まで同大学付属病院本院精神科外来勤務。睡眠障害を中心に、精神科領域全般における診療を行なう。睡眠学を専門とし、睡眠時無呼吸症候群、ナルコレプシー、時差ぼけ、不眠症などの研究を行う。特に不眠症に関しては認知行動療法を取り入れた治療法を研究。2010年、不眠症治療の研究にて学位(博士号)取得、同年「新橋スリープ・メンタルクリニック」を開設。
この記事は日経Gooday 2015年10月28日に掲載されたものであり、内容は掲載時点の情報です。
この記事はシリーズ「「一に健康、二に仕事」 from 日経Gooday」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。
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