聞きたかったけど、聞けなかった…。知ってるようで、知らなかった…。今回のコラムでは、日常的な生活シーンにある「カラダの反応・仕組み」に関する謎について、真面目にかつ楽しく解説します。酒席のうんちくネタに使うもよし、子どもからの素朴な質問に備えるもよし。人生の極上の“からだ知恵録”をお届けしましょう。

 若い頃は英単語や年号などももっと簡単に覚えられたのに、最近はなかなか頭に入ってこない。コンビニのお釣りの計算にも、もたついている。やはり頭は年齢とともに錆びていくのか。大人になって頭が良くなる、などいうことはないのか…と、ため息をついている人も多いのではないだろうか。そこで、脳科学が専門の諏訪東京理科大学・篠原菊紀教授にズバリ聞いてみた。大人になっても、頭は良くなりますか?

受験対策は若い方が有利だけれど…

 「もちろん、イエス! 年をとったほうが断然、頭は良くなる」。うれしいことに、篠原教授の答えはため息も吹き飛ぶほどに明快だった。

 篠原教授によると、頭の良さには大きく「流動性知能」と「結晶性知能」があるという。流動性知能とは、計算力や暗記力、集中力、IQ(知能指数)など、いわゆる受験テクニックに反映されるような知能のこと。この知能は18~25歳くらいがピークで、その後は徐々に落ちていき、40代以降になるとガクンと低下する。一方、結晶性知能は知識や知恵、経験知、判断力など、経験とともに蓄積される知能のこと。こちらは年齢とともにどんどん伸びて、60代頃にピークを迎える(図1)。

図1◎ 年とともに伸びる能力がある
図1◎ 年とともに伸びる能力がある
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20歳の平均値をゼロとして、加齢に伴う知能の変化をイメージ図として表した。暗記力や計算力、集中力などの流動性知能は、一般に20歳頃にピークに達し、その後は低下していく。これとは反対に、知識や知恵、判断力、応用力、経験知などを表す結晶性知能は、20歳以降ぐんぐん伸びる。大人の頭のよさは年を重ねるにつれ、磨かれていく。(以下の2つの論文を基に篠原教授が作図:Horn JL, et al. Acta Psychol(Amst). 1967;26(2):107-29. Baltes PB, et al. American Psychologist, 2000 Jan; 55(1):122-36.)

 大人になると10代の頃のように数字や英単語を丸暗記するのが難しくなるのは、流動性知能が低下するため、致し方ないこと。そもそも、子供の脳と大人の脳では記憶の仕方が異なっており、その変化は思春期の頃に起こるという。「子供の脳は“単純記憶型”で、言葉や数字の並びをそのまま覚えようと思えば、割と簡単に覚えられる。ところが、思春期以降、記憶の仕方は“自我密接型”ヘと変わっていく」と篠原教授。つまり、自分が納得できること、役に立つこと、意味のあることが優先的に頭に入ってくるようになり、丸暗記自体が難しくなる。ただし、筋道だって理解する力はグンと伸びる。「ちなみに、IQの高い人はこの発達が遅れていて、丸暗記できる期間が人より長い。だから、受験競争にも勝てたりする」(篠原教授)。

 ただし、流動性知能もトレーニングをすれば、年をとっても伸ばすことは可能だ。しかも、「やればできる!」と思っている人ほど伸びるという。これとは反対に「できない」と思っていると、本当にできなくなる。例えば、「年とともに記憶力は落ちる」という理詰めの講義を受けてから記憶力テストを受けると、本来、年齢の影響を受けないはずのテスト内容でさえ、成績が悪くなるという実験結果も。できないという思い込みは、能力を低下させる。「大人になってもやればできる、能力は伸びるとポジティブに思っていたほうが、絶対にお得」と篠原教授は強調する。

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