「師匠」とは、同じ部屋の空気を吸え

田坂:そうです。その上司と、毎日、行動を共にし、どの場面で、どのような人格で処しているかを、注意深く学んでいると、自分の中から、必要な「人格」が、自然に引き出されてくるのです。隠れていた「人格」が、自然に引き出されてくるのです。

 特に勉強になったのが、その上司の電話での顧客との応対です。当時の私の職場は、大部屋で狭い机、すぐ横に上司が座っていて頻繁に電話を取るのですが、その電話のやりとりが、大変勉強になったのです。

 その電話は、顧客への売り込み、顧客からの受注、顧客のクレーム対応を始め、上司への報告、社内への業務連絡、部下への指示、さらには、社内ゴルフコンペの打ち合わせなど、様々な案件なのですが、注意深く聴いていると、案件によって、上司の中の「人格の切り替え」が自然に行われるのが分かるのです。

 それが、大変、勉強になりましたね。

 昔から、師匠から学ぶときの心得として、「師匠とは、同じ部屋の空気を吸え」という言葉が語られますが、実際、この上司と毎日同じ部屋の空気を吸いながら、その「技術」や「心得」だけでなく、その背後にある「人格」を学ぶことができたのですね。

なるほど、「師匠とは、同じ部屋の空気を吸え」ですか…。
そうやって、上司から学んでいると、どのような変化が起こるのでしょうか?

弟子が師匠に「似てくる」段階

田坂「似てくる」のです。

「似てくる」のですか…?

田坂:ええ、話し方が、そして、雰囲気が、その上司に似てくるのです。

 それは、ある意味で、当然のことで、仕事を共にする中で、その上司の人格に似た人格が、自分の中から引き出されてくるので、話し方や雰囲気が似てくるのです。

 だから、その頃は、周りの同僚から、「田坂は、話し方が、課長に似てきたな…」と冗談を言われました(笑)。

 しかし、どのような分野であっても、「弟子」が「師匠」から真剣に何かを学ぼう、何かを掴もうと思うならば、必ず、多かれ少なかれ、この「似てくる」という段階を通過します。

 そして、これは「営業プロフェッショナル」の世界だけでなく、どのプロフェッショナルの世界も、全く同じです。

なるほど…。そう言えば、私が関わっている出版業界でも、弟子が師匠に「似てくる」という意味で、面白いエピソードがあります。

 昔、ある出版社で、カリスマ的な編集長の下で、若い編集者やデザイナーたちが働いていたのですが、なぜか、みな、その編集長と同じように、ぼつぼつと喋るようになり、喋り方が、そのカリスマ編集長に似てきたそうです(笑)。

 しかし、優れた師匠に「似てくる」ということは、決して悪いことではないと思いますが、ただ「似てくる」だけでは寂しいような気がするのですが…。それでは、単に、優れた師匠の「ミニ・コピー」になってしまうだけではないのでしょうか…?

田坂:その通りですね。ただ師匠に「似てくる」だけでは、本当の「人格の開花」や「才能の開花」とは呼べません。

 だから、先ほど、私は、「『似てくる』という段階を通過する」と申し上げたのです。つまり、「似てくる段階」の先の段階があるのです。

それは、どのような段階でしょうか?