見えていない「自分の仕事人格」
先生は、昨年上梓された新著、『人は、誰もが「多重人格」 - 誰も語らなかった「才能開花の技法」』において、人は、誰もが心の中に「複数の人格」を持った「多重人格」であり、日常においては、無意識に、仕事や生活の状況や場面に合わせて「様々な人格」を使い分け、それによって、他人と円滑にコミュニケーションを取り、仕事で高いパフォーマンスを発揮していると述べられていますね。
そして、この本において、我々の中の「隠れた人格」には、「表層人格」「深層人格」「抑圧人格」の「3つのレベル」があり、「隠れた人格」がどのレベルかによって、それを開花させ、活用する技法が異なってくると述べられています。
では、「隠れた人格」が第1の「表層人格」の場合には、それを開花させ、活用するために、どのような技法を実践すればよいのでしょうか?
田坂:「表層人格」の場合には、まず、次の「4つの技法」を実践してみてください。
まず、第1は、
自分が、いまの仕事に「どのような人格」で取り組んでいるかを、
自己観察する
という技法です。
「どのような人格で取り組んでいるか」ですか? なぜ、それを考える必要があるのでしょうか?
田坂:我々は、意外に、自分が、どのような「人格」で仕事に取り組んでいるかを知らないからです。
例えば、ある営業担当者に「あなたは、どのような人格で営業の仕事をしていますか」と聞いたとします。
こうした場合、しばしば返ってくるのが、「お客様の前では、できるだけ明るい性格で振る舞うようにしています」といった答えです。
この人は、「営業担当者は、お客様に明るく応対」といったステレオタイプの営業担当者像を固定観念にしてしまっているのです。
しかし、もし、この営業担当者が「仕事のできる営業担当者」であるならば、間違いなく、「明るい性格」だけでなく、「細やかな性格」でも仕事をしています。
その性格によって、お客様の何気ない表情を読む、言葉の奥の心の動きを感じ取るなどの「細やかさ」という才能を発揮しています。
すなわち、営業プロフェッショナルとして一流の世界を目指すならば、「明るい性格」よりも、むしろ、この「細やかな性格」をさらに磨いていくことが王道なのですが、自分の中にある「細やかな性格」に気がつかないかぎり、この性格や人格を意識的に育てていくことはできないのです。
自分でも気がついていない「人格と才能」は、育てようがないということですね。
田坂:そうです。従って、この営業担当者の上司が「優れた上司」であるならば、「誉め言葉」を通じて、この「気がついていない人格」に気がつかせてくれるでしょう。
例えば、「君の、あの細やかな気配りは、さすがだな……」「お客様は、言葉にしなくとも、君が気持ちを汲んでくれるので、喜ばれていたな……」といった誉め言葉です。
なるほど……「誉め言葉」ですか。
田坂:そうです。そもそも、部下に対する「誉め言葉」は、単に「部下のモチベーション」を上げるためにあるのではなく、本来、「部下の成長」を支えるためにあるのですね。
残念ながら、最近のマネジメント論は、「いかに部下のモチベーションを上げるか」といった操作主義的な傾向が強いので、部下の成長を支えられる上司が育たないのですが……。
つまり、部下自身も気がついていない性格や人格に気づかせてあげることも、上司の大切な役割なのですね。マネジメントの世界は、奥が深いですね……。
田坂:そうですね。このことを逆に見れば、職場において「自分で気がついていない人格」に気がつくためには、優れた上司や先輩に聞くという方法があるのです。
なるほど、その方法も含め、「自分が、いまの仕事に『どのような人格』で取り組んでいるかを、自己観察する」ことが第1の技法ですね。では、第2の技法は?
人格を抑圧してしまう「自意識」
田坂:第2の技法、それは、
自分が、仕事以外の世界で「どのような人格」を表しているかを、
自己観察する
という技法です。
「仕事以外の世界」での人格とは?
田坂:例えば、家族との関係、友人との関係、恋人との関係で現れる人格などです。
それぞれの関係において、自分の中の「どのような人格」が表に出ているかを自己観察してみることです。
それをすると、それぞれの関係において、かなり違った自分が表に出ていることに気がつくでしょう。
その自己観察を通じて、自分の中に、どのような人格があるかを、一度、深く見つめてみることですね。
そう言われてみれば、私も、家族と一緒のときと、職場にいるときでは、かなり違った人格が表に出ていると思いますが……(笑)。
この技法は、家族、友人、恋人との関係で表れる「自分」を見つめるということですか?
田坂:そうです。例えば、私の中には、本来、「話好きな、明るい人格」があります。これは、大学の部活動や友人関係などにおいては、表に出していたのですが、実は、就職して実社会に出てからは、入社当初、職場においては、あまり表に出さなかった人格なのです。
しかし、あるとき、ある上司からアドバイスをされ、その人格が仕事において大切な役割を果たすと気がついてからは、職場でも、それを表に出すように努めたのです。
この私と同様、職場には、「同僚や友人などと気楽に話しているときの、あの人格を、仕事でも、もっと前に出せばよいのに」と思うメンバーがいますね(笑)。
たしかに、そうしたメンバーがいますね(笑)。
この人は、どうして、そうしないのでしょうか?
田坂:一つの理由は、「自意識による抑圧」です。
「職場でこうした人格を表に出すと、周りから誤解されるのではないか」という自意識や「上司からの評価が落ちるのではないか」という自意識、さらには「自分を優秀に見せたい」や「自分を格好よく見せたい」といった自意識が、その人格を表に出すことを抑圧してしまうのですね。
なるほど……。しかし、そうした自意識は、誰の中にもありますね(苦笑)。
田坂:そうですね。新入社員の頃の私にも、そうした自意識があったような気がしますが……(笑)。
私の場合には、その上司のアドバイスが、この「自意識の壁」を壊してくれたのですね。
そうですか……。その意味で、やはり、上司の役割は大きいですね。
ただ、たしかに、職場のメンバーの中には、「仕事において、あの人格を、もっと前に出せばよいのに」と思うメンバーもいますが、上司がそのことをアドバイスし、「自意識による抑圧」を解いてあげても、なかなか不器用で、人格の切り替えができない人もいますね?
田坂:そういう方も少なくないですね。
ただ、すでに表に出ている「表層人格」であるにもかかわらず、それを仕事の場面で表せない場合、その方の本当の問題は、必ずしも、「不器用さ」ではないのです。
何が問題なのでしょうか?
「不器用さ」とは精神的体力の欠如
田坂:一つの理由は、やはり「基礎体力」が無いからですね。
「基礎体力」が無いというのは、第1話で述べられた「精神的基礎体力」が無い、すなわち、「精神のスタミナ」が足りないということですね……?
田坂:そうです。「人格の切り替え」ということは、何度か申し上げているように、単に一つの人格からもう一つの人格に切り替えるという行為ではなく、「これまで表に出していた人格」に、「これまで表に出していなかった人格」を加え、それら「複数の人格」を状況に応じて適切に使い分けるという行為なのです。
そのため、それを実際に行おうとすると、「置かれた状況の判断」「周囲の人間の心境の感知」「適切な人格の選択」「自然な人格の切り替え」という一連の作業を、瞬時に行う必要があり、それには、相応の集中力が求められるのです。
それは、言葉を替えれば、「精神的基礎体力」、すなわち「精神のスタミナ」が求められる行為なのです。
従って、「精神的基礎体力」が無ければ、その高度で複雑な行為である「人格の切り替え」はできないのですね……。
田坂:そうです。少し厳しい表現になってしまいますが、それが「表層人格」であるにもかかわらず、「人格の切り替え」ができない人は、「不器用」なのではなく、「基礎体力」が無いのですね。
置かれた状況に応じて「人格の切り替え」が必要であることを理解し、それを実行しようと思っても、そのことを実行するだけの「基礎体力」が無いのです。
そして、このことを別な角度から見れば、我々が、仕事において「表の人格=ペルソナ」を選んで被る一つの理由が分かります。
「そうした方が楽だから」です。
いちいち状況に応じて「人格」を切り替えていては、「疲れる」からですね(笑)。
田坂:そうです。逆に言えば、状況に応じて、自然に、滑らかに「人格」を切り替えられる人は、例外なく、「精神的基礎体力」に優れ、「精神のスタミナ」が高いレベルにある人です。
そして、その「精神のスタミナ」が高いレベルにあるということは、分野を問わず、「仕事ができる人」の基本的な条件であり、「一流のプロフェッショナル」への絶対的な条件なのですね。
そして、このことを理解すると、「表層人格」を開花させる技法として、次の第3の技法の大切さを理解することができるでしょう。
それは、
「仕事のできる人」が、仕事でどのように「人格」を切り替えているかを、
観察する
という技法です。
「観察する」とは、具体的には?
田坂:例えば、企画のプロフェッショナルで「仕事のできる人」から「人格の切り替え」を学ぼうと思うならば、その人が主宰する企画会議などに参加し、その人が「人格」を切り替える瞬間を、注意深く観察することです。
例えば、発散気味に進んできたアイデア出しの会議を、後半、まとめモードに切り替えるときの「人格の切り替え」などを観察することです。
その人が、それなりのプロフェッショナルならば、前半で表に出している人格と、後半で表に出す人格が違っていることに気がつくでしょう。
それが、第1話で先生が語られた「始め民主主義、終り独裁」の人格切り替えですね(笑)。
田坂:それ以外にも、「そのアイデア、面白いね」といった激励モードの人格と、「うーん、こんなアイデアしか出ないのか……」という辛口モードの人格の切り替えなど、企画のプロフェッショナルで一流の人を見ていると、実に、色々な人格が出てきますね(笑)。
なるほど、要するに、企画であっても、営業であっても、「仕事のできる人」と一緒の会議や商談に出て、その人が「人格の切り替え」を行う瞬間を、注意深く観察することですね。
田坂:その通りです。そして、その学びをするためには、実は、「一緒の会議に出る」という以上の技法があるのですね。
何でしょうか?
世に溢れる「プロフェッショナル論」の誤解
田坂:「かばん持ち」をすることです。
「かばん持ち」……ですか?
田坂:そうです。これは、極めて有効な方法です。特に、優れた経営者や起業家、マネジャーやリーダーの「かばん持ち」をすることは、この「人格の切り替え」を学ぶ、最高の方法です。
なぜなら、こうした人々は、意識的にも、無意識にも、「多重人格のマネジメント」を行っており、仕事においては、実に自然に「人格の切り替え」を行っているからです。
従って、優れた経営者や起業家、マネジャーやリーダーの「かばん持ち」を務めながら、その姿を、一日、傍(はた)から見ていると、大変、勉強になるでしょう。
実は、私も、若いビジネスパーソンの時代に、当時、勤めていた会社の専務の「かばん持ち」として、海外出張などに何度も随行する機会がありましたが、その「かばん持ち」をしながら、一日、随行していると、その専務の中に、「辣腕の経営者」や「天性の社交家」という人格だけでなく、「卓抜な戦略家」「深い思想家」「幅広い趣味人」「敬虔(けいけん)な信仰者」など、幾つもの人格があり、それらが自然に切り替わっていく姿を見ることができたのです。
この専務は、後に、この会社の社長、会長になられた方ですが、その姿から、多くを学ばせて頂きましたね。
なるほど、「かばん持ち」とは、単なる「雑用係」ではないのですね……。
しかし、それにしても、「仕事のできる人」や「一流のプロフェッショナル」から学ぶために、なぜ、そこまで細やかに「人格の切り替え」を観察する必要があるのでしょうか?
田坂:世の中には、「プロフェッショナル論」の誤解があるからです。
「プロフェッショナル論」の誤解ですか?
田坂:そうです。世の中の書籍や雑誌、テレビやウェブなどを見ていると、しばしば、「仕事のできる人のスキルは、これだ!」「あのプロフェッショナルの技を、盗め!」といったメッセージを目にします。
しかし、実は、「仕事のできる人」や「一流のプロフェッショナル」から本当に学ぼうと思うならば、一つ二つの「スキル」や「技」を盗んだだけでは、力を発揮できないのです。
どうしてでしょうか?
田坂:なぜなら、一流のプロフェッショナルは、一つ二つの「技」で、その高度な力を発揮しているわけではないからです。一流のプロフェッショナルは、様々な「技」の、全体バランスによって力を発揮しているからです。
例えば、優れたプレゼンテーションを行うプロフェッショナルは、ただ「話が上手い」という「技」だけで成功しているわけではないのです。
「話が上手い」だけでなく、「聴衆の気持ちを読む」という「技」、「言葉を超えて身振り手振りで伝える」という「技」、「スライドで効果的に言葉を伝える」という「技」など、様々な「技」の組み合わせと全体バランスで成功しているのです。
そして、この「様々な技」の奥には、それぞれ「様々な人格」があるのです。
従って、このことを言い換えれば、一流のプロフェッショナルは、一つ二つの「人格」で、その高度な力を発揮しているわけではないのです。様々な「人格」の、全体バランスによって力を発揮しているのです。
なるほど、それが、「『仕事のできる人』が、仕事でどのように『人格』を切り替えているかを、観察する」という第3の技法が大切になる理由ですね。
では、第4の技法とは、どのような技法でしょうか?
意識して育てる「隠れた人格」
田坂:第4の技法とは、
自分の仕事において、
表に出して活用する「人格」を、切り替える
という技法です。
例えば、第1話では、銀行の窓口での「仕事のできる先輩行員」の事例を紹介しましたが、この先輩行員は、次の「3つの人格」を適切に使い分けて仕事をしていました。
「顧客を不愉快にさせないよう応対する、温かく親切な人格」
「顧客からの信頼を得られる、几帳面で細やかな人格」
「後輩を指導する、厳しくも包容力のある人格」
従って、後輩の行員が、この先輩行員の仕事ぶりを観察しながら、「自分は『几帳面で細やかな人格』で正確な仕事はできているが、そのことに集中するあまり、顧客に対して『温かく親切な人格』で対応できていない」と考えるならば、その「温かく親切な人格」を意識して自分の中に育て、それを仕事において表に出すように努めるべきでしょう。
それが、第5話でも述べられた、「『人格』というものを、意識して育てる」ことかと思いますが、実際に、そんなことができるのでしょうか?
田坂:できます。特に、その「隠れた人格」が「表層人格」であるならば、少しの工夫と努力で、それを意識的に育て、表に出すことができるようになります。
私自身、いま振り返ると、実社会に出た当初は「気の利かない性格」であったと思いますが、営業の仕事を通じて、「気を利かせる」「気を配る」「気を使う」という修業を積んでいると、やはり、それなりに「気の利く性格」が、自分の中に育ってくるのですね。
むしろ、「才能開花」という視点から見たとき、最も怖いのは、「そもそも、自分は、気の利かない性格だ」「自分は、不器用だから、この性格は直らない」といった「自己限定」をしてしまうことです。
それは、そのまま、自分の「性格」や「人格」の幅を狭めてしまい、結果として、「能力」や「才能」の幅を狭めてしまうのですね。
そう考えると、第2話で語られた「自己限定」の問題は、「人格と才能の開花」という点では、極めて大きな問題ですね……。
では、さらに踏み込んだ質問ですが、自分が仕事において開花すべき「人格」が、まだ表に出ていない「深層人格」のときは、どうすればよいのでしょうか?
田坂:「深層人格」を開花させていくための技法。それにも、色々な技法がありますが、特に重要な技法として、「3つの技法」があります。
次回、その技法を紹介しましょう。
次回は、さらに深く、面白い話になりそうですね(笑)。
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