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 それは本当に不思議な感覚でした。文法も語法も何も知らないのに、自然に言いたいことが正しいタイミングで、正しく言え、応答もできるのです。また、単語を変えることである程度の応用もできました。理論的には予測していたものの、実際にそれを体験したときには大いに驚いたものです。「これが文法というものが存在しない学習か」……と(※)。

(※)このように短期間で人工的に「英語をつかむ感覚」を体験する技術は他にもう一つあり、私のアドバイスで実証実験が進んでいます。近いうちにご紹介できればと思います。

 さて、話を戻すと、その“留学”の1年で、英語を「あるがままにつかんで応用する感覚」を身に付けた彼は、その流れにのって現在の会社に採用され、その後も同じ流れで仕事を続けたため、自然と流暢に英語を話せるようになったというわけです。

 「英語をダイレクトにつかむ感覚」をしっかりと体得することが、いかに大切かがよく分かります。

 また語学留学というものについても、彼のこの話から推察されるのは、①教室という人工的な空間で、人工的に外国語を学ぶことがかなり不自然だということ。またその反対に、②本当に完全に英語に身を沈め、すべてのコミュニケーションを英語で行うようにすると、1年程度でネイティブの感覚とさほど変わらない言語感覚を身に付けることが出来る、という2点です。

 「自然体」とでも言うのでしょうか。必要なときに必要に迫られて使うときに、言葉への扉が開くというのは十分に有り得る話だと思います。ただし、これには数カ月にわたって「完全に英語に自分を埋没させる」という条件が必須です。週2~3時間程度の中途半端なオールイングリッシュ(ダイレクトメソッド)で身に付くほど生易しいものではありません。

 私の知り合いには、5年10年と海外で英語を使って仕事なり生活なりをしてきたという強者が何人かいるのですが、語学留学に関しては、上の彼が指摘する「結局人工的だ」という点以外にも、日本語の生活環境からいきなり英語だけの環境になると、どうしても日本人同士で固まりがちになり、そこに遊びも入ってきて、留学が流学になってしまうケースが多々あるということです。

 留学のこのような側面を、「ハード・ランディング」と表現する人もいます。つまり、英語に「激突」してしまうということです。

 では、「ソフト・ランディング」は有り得るのかというと、留学という枠組みの中では(人にもよるでしょうが)よほど自分の心と生活を上手くコントロールできない限り、様々な力が働いて両極端に傾きがちである点は否めません。中には、あらかじめそのことを予測して、わざと一人も日本人のいない片田舎の大学へ行ったという猛者(女性ですが)もいます。「半年間はブライド(何も分からなかった)」というのが彼女の弁です。

 あと、国内で有り得るのは、上で触れたような精密に設計された教材で学習するか、あるいはネイティブの親しい友人を作ることかと思います。後者は、もちろん、「恋人」というのがベストで、私の知る事例の中でも、やはりそういう特別な人がいるケースでは上達が早く、1年半~2年もすると、驚くべき流暢さで話し始めます。英語を使う頻度や“濃度”を考えると想像が付きますね。あと特殊なケースとしては、外国人の集まる場所に頻繁に通い、2時間3時間粘るという方法で感覚をつかんだという人もいます。

 さて、このたび取り上げさせていただいた方ですが、最後にとても気になることをおっしゃってました。それは、年々ビジネスパーソンに対する“英語圧力”が増しているが、外資でも初めから英語の上手い人はごく少数で、ほとんどの方が仕事をこなしつつ英語を学ぶ状態に陥っている。それも、会社の補助などを受けて高額の英語学校などに行くのだが、看板に偽りありとしか言えないところが多く、みんな苦労をしている……そういうお話でした。

 現在英語教育において実施されつつある改革が成果を出し始めるのは、(小学4年生から逆算すると)上手く行ったとしてもまだ数年先の話ですので、それまでは「会話力」で苦しむ人が続出することになり、彼のこの言葉には重い響きがあります。そもそも、「5文型」「現在分詞の形容詞用法の後置修飾」などとやっている時点でアウトで、こんなことをしていると英語を話せるようにはなりません。また、書く方も伸びにくくなります。実際のところ、今の文法解説の7~8割程度は不要で、学習者の足を引っ張るだけです(2~3割は極めて重要)。

 私も、これまでlearner-friendly(学習者にやさしい)を標榜し、1カ月で500~1000語を無理なく習得できる技術、文法無しに言葉をつかむ感覚を体験できる技術、さらには中学文法で国立トップレベルの大学の和訳問題を簡単に読み解く技術(※)などを開発し、実施・発信してきましたが、今後これらを組み合わせたシステムを、大学内だけでなく外部にも発信していければと考えています。

(※)この技術は、ごく普通の高校と進学校の2カ所のゼミで実施して「とても分かりやすい」という評価を得ています。

英語に関する限り、私たちの能力は30%程度しか引き出されていません。これはとても残念なことです。どうすれば残りの70%の能力を発揮できるのか。さまざまな観点から考えています。私の公式サイトはこちらです。