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(写真=shutterstock)

 昨年、とても興味深い人にお会いしました。その方は、現在外資系の会社で活躍されているのですが、周囲からよく「英語が上手い、いったいどのように勉強したのか?」と聞かれるというのです。外資で活躍されているのですから、何がどう不思議なのかよく分からないのですが、どうもそう聞いてくる人たちがMBAを卒業したような人たちばかりだということらしいのです。

 実は、この点は理解できます。それというのも、私の知っている限りでは、かなりというか、とても優秀な人でも、MBAの2年間だけで英語を流暢に話せるようになった人はいないからです。もちろん、半端な勉強でMBAを取ることなどできません。彼らは猛烈な勉強をしています。ですから、専門分野の英語やプレゼンの技術などはしっかりと身に付けているのですが、「会話力」となるとかなりの限界があるのです。なぜなのでしょう。

 これが今回お話ししたい点です。まず、MBA取得者に不思議がられるこの人がいったいどういう勉強をしたかというと、「勉強というものはほとんどしたことがない、それどころか高校時代は英語が大嫌いだった」とまでおっしゃるわけです。これでは何の話かさっぱり分からないのですが、ご本人によるとその意味するところは以下の通りでした。

 その方は、大学生のとき3年生で卒業単位を取れたため、4年生の1年間をどう過ごそうかと考えました。その結果、ご自身が英語が苦手なことをよく自覚していたので、ならば一層のこと海外へ留学しようと考えたわけです。英語ができれば何かの役に立つだろうと。それで、イギリスの語学学校に1年間通うことを決め、渡英されました。

 ところが、いざイギリスに着いて授業を受けて見ると、状況は高校のときとそう変わらない。何が変わらないかと言うと、教室という人工的な空間でテキストを開いて勉強するだけでしかない。アクティビティなどもあったものの、わざわざイギリスに来ているのにこんなことをして何の意味があるのか疑問を持ったということです。これにはなるほどと思う点があります。アクティビティなら学校の外に、嫌と言うほどあります。ファーストフード店に行っても、道を聞いても、公園で見知らぬ人に声をかけても、それらはすべてアクティビティです。それも、超リアルな。

 さらにもう一点、彼が疑問を持った点がありました。それは、クラスメートが、当然ながら、みんな英語を話せず、かといって自分たちがそれぞれの母語で話そうとすると大混乱になるため、(皮肉なことに)必然的に英語が共通語となり、とんでもない文法や語法・用法の英語で会話をすることになったというのです。

 ここまで聞いてようやく先の展開が読めたのですが、案の定、このような状態ではわざわざイギリスまで来た意味がないと考えた彼は2週間程度で学校を飛び出し、イギリス国内を放浪したというのです。このあたりの型破りなところに、彼の「非凡な素質」を感じるわけですが、その後数カ月の間、会話表現集やコンパクトな辞書を見ながら、手振り身振りも加えて懸命に奮闘したそうです。

 その結果どうなったかというと、彼によれば、決して会話が自由にできるようにはならなかったそうです。しかし、後々とても役に立つある感覚を身に付けることができたといいます。その感覚とは、「言葉をあるがままダイレクトにつかんで、そのままの形、あるいは少し応用して使う感覚」が身に付いたというのです。つまりは、「ネイティブの感覚」です。

 私には海外留学の経験はありませんが、この感覚は分かります。なぜなら、まさしくそのような現象が起こるように設計した会話システムを作って、実験をしたことがあるからです。学習言語は、私もアシスタントも英語を話せましたので、英語以外の未知の外国語を使ったのですが、そのシステムでは、文法や語法などについての解説が一切ありませんでした。しかし、会話の内容を精密に組み立て(これが一番大変でした)、そこに母語をサポートとして加えることによって、1カ月半で、彼の言う「ダイレクトにつかむ感覚」を感じることができたのです。