本格的なスピーキング力を身に付けるのはとても難しいです。前回のコラム「英語の学習は『ゼロサムゲーム』か?」でもお話ししたように、そのためには海外に留学して4~5年にわたってみっちりと勉強し、日常生活でも積極的に使用する必要があります。
ですから、あなたが「思うように話せない」としても、まず「それが当たり前だ」と考えてください。また、中学・高校・大学と英語を学んでも話せないというのも、ある意味では仕方のないことだと思って下さい。
しかし、このコラムで紹介しているように、日本語を活用するという発想で取り組めば、そしてあなた自身に動機や意志があれば、一定のレベルまでは確実に到達することができます。
中国人・韓国人の英語力
さて、最近、スピーキングについて話をしていると必ず話題になるのが、中国人や韓国人の英語力です。私も、大学に多くの中国人や韓国人の留学生を迎えるのですが、彼らのスピーキング力には驚かされます。同年代の日本人学生とは全く比較になりません。
これらの華々しい成果を見ていると、つい「彼らを見習うべき」と考えてしまいます。つまり、スピーキングを大幅に取り入れた授業を実施するという方向での教育改革です――でも、どうでしょうか。ここは、慎重に議論した方が良いと思われます。
なぜかというと、中国や韓国の人たちが高いレベルで英語を使いこなすといっても、それはあくまでも過酷な競争の結果だからです。また、それは、決して学校の教育の成果だけではありません。英会話の塾や学校に多くの時間を費やした結果なのです。
しかし、ここまでなら「どこかで聞いたような話」とも言えます。ところが、英語の場合には、その背後にとてつもなく大きな問題があるのです。それは、これだけ英語の学習に集中的に時間と労力をかけると、他の科目や、大きな意味での教養、さらに重要な点として、母語が犠牲になる可能性が高まるということです。実際、中国においてもこの問題が指摘され始めています(※)。
(※)興味深いことに、全く同じことが英語を公用語とするフィリピンでも問題となり始めています。
母語の意味を知る
そもそも、どうして「母語」と「外国語」という言葉があるのでしょうか。なぜ私たち、そして何より学者たちは、この二つを区別するのでしょうか。それは、母語というものは私たちの思考を「根底」から組み立てるツールだからです。
「根底」というのは、文字通りの「根底」で、母語は私たちの思考だけでなく、社会生活のあらゆる面を支えています。母語を通じて様々な体験をし、教育を受けることによって、社会・文化が成り立っているのです。
特に日本はほぼ単一民族という特殊な国ですので、母語の持つ意味はとても大きいと考えられます。ですから、もしアプローチを間違えると、その分、失うものが大きいということになります。
成功する英語教育の戦略
このコラムのテーマは英語教育論ではありませんが、そういった面でもきっと参考になる点があると思いますので、簡単に触れてみます。私が見るところ、日本の英語教育には少なくとも4つの課題があると思います。
①文法をどうにかする
あなたは「中1ショック」という言葉をご存知でしょうか。これは小学校で楽しく英語に触れ、興味をもって中学に入った子供たちが、そこで「文法の壁」に突き当たり、落ちこぼれることを指します(※)。
(※)私の場合は、中1のときに、「I-my-me-mine」のあの表でいきなり英語から落ちこぼれかけました。その後、大学では「der-des-dem-den」でドイツ語をあえなく敗退。憧れてチャレンジしたフランス語も、「代名動詞」「複合過去」「半過去」の連打で沈没。付け加えるなら、高校時代に古文は「下~段活用」で、漢文は「返り点」で退場しています。どのケースでも、言葉そのものには興味がありましたので、全くもって、笑えない話です。
もう1つ、あまり話題になっていない問題があって、それが「高1ショック」です。これもやはり文法が原因で、「関係代名詞の非制限用法」あたりが最後のとどめでしょうか。私自身は、自動詞・他動詞の区別でもうすでに思考停止状態に陥りましたが…。つまり、文法の教え方が今のままであると、いくら小学校から教えたところで、中学もしくは高校で“崩壊”が起こるわけです。
これまで半世紀以上にわたって行われてきた文法解説中心の英語教育法が、そう簡単に変わるとはとても思えません。また、コミュニケーションを重視した学習が、本当にこの問題を回避して高度な英語力に結び付くかどうかも不明です。
ただ、文法は、そのほとんどが、簡単なことをわざわざ難しく説明しているだけに過ぎないということも事実ですし、またIT技術の進歩もありますので、ここは何とかしたいところです。
方法はいくつかあります。このコラムでもご紹介してきた、私のグラマーもそのひとつで、文法用語をほとんど使いません(※)。
(※)グラマーには、伝統文法、アメリカ構造主義文法、生成文法、格文法、認知文法、エマージェント文法(emergent grammar)、ハーモニック文法(harmonic grammar)など、「たくさん」の種類があります。このうち、後者2つがディープラーニングと関係している最新の文法の考え方です。いわゆるスクールグラマー(学校文法)というのは、文字通り、トラディショナルな伝統文法にもとづいています。
②英語を声に出して読み上げる練習
言葉は口に出して読み上げないと効果的には身に付きません。しかし、それが何も英会話である必要はありません。例えばスピーチを訓練すると、技能につながるしっかりとした英語の基盤が身に付きます。
そこに、質疑応答をセットにすると、確実にスピーキング力につながります。もちろん、これは私たちにも当てはまります。
スピーチには、ほかにもあと3つの大きな利点があります。1つ目は、「誰でも」努力すればそれがそのままストレートに成果として現れること、2つ目はそれぞれの学習者が自分のペースで練習できるということ、3つ目はスピーチを人前で発表するようにすると「度胸」が付くということです。
どれも大切ですが、特に3つ目はチェックが必要です。なぜなら、私たちの本当の弱点は、実は「英会話が出来ない」ことではなく、「自己主張をしない文化」にあるからです。これが利点にもなったりしますので事は複雑なのですが、国際的な標準でいうなら、「意見や考えを出来るだけ明快に、はっきりと言葉に出して言う」(ときには、パワーを持って)という点が必須です。
英語を話すということは、異なる文化の人間とコミュニケーションを取るということですから、これはとても当たり前のことなのです。ただ、なにせ文化に関わることですから、理屈では分かっていてもそう簡単にはできるものではありません。そういう意味でも、スピーチは良い訓練になります(※)。
(※)もちろん、40人前後のクラスで、英語でプレゼンやディスカッションやディベートができるのなら、それも大いに結構なことです。
③論理明快な思考の組み立ての訓練
これは②とも関係しますが、いかに物事を論理明快、かつ簡潔に述べるかという訓練も大切です。
こうなると、もう英語とは関係のない事であるように思えますが、そうでもありません。なぜなら、英語は日本語よりもはるかに物事を論理的に表現しやすい構造を持っているからです。
それが「英文のマスターキー」です。
さらに言うと、英語では、コミュニケーションそのものが、まず結論をいう事から始まります。そして、その結論に対して後から根拠を加えます。つまり、文全体の基本構造そのものが、「意味の中心」に「付加的な説明」を加える、つまり「核」と「説明」の関係になっているのです。
また、②とも合わせて、論理明快な優れた英文を借用し、真似するようにすると、通じる英文が身に付きます。文法知識をこねくり回して、怪しい英文を自力で創作するよりも、はるかに、優れたライティングにつながりやすいと言えるでしょう(※)。
(※)以前にもお話ししたように、私が教えた生徒の中に目の覚めるような“斬れる英語”を書いた人がいましたが、彼は洋楽ファンで歌詞の一字一句をすべて覚えていました。一方で(苦労して)英作文をしてきた生徒たちは、かなり優秀な人でも“なまくら刀”のような英語しか書けませんでした。当然といえば、当然と言えるでしょう。良い文を書くには良い文を真似するのが最良です。そういう意味でも、コミュニケーションを重視するにしても、まずは素材を厳選して欲しいところです。
④単語・熟語・コロケーション・決まり文句の強化
「決まったもの」についての知識を増やしておくと、それは即、強力な英語力・発話力につながります。
ビジネス英語で考えると、単語なら、justify(正当化する)、accountable(具体的に責任を取らないといけない)、outperform(一枚上手を行く)など。熟語なら、look into(調べる)、figure out(答えを出す)、make sense(理に適っている)など。コロケーションならconflict of interest(利害の対立)、outstanding issue(未解決の問題)などが挙げられます。
また、表現ならWhat time suits you?(何時が都合いいですか)、You've got a point there.(良いところを突いている/ナルホド)、Let's wait and see.(様子を見よう)など。
語彙などの記憶については、はなから「大量には無理」、さらには「後の話」というような感覚を私たちは持ちがちですが、どちらも誤っています。知識を増やすことが、私たち「ノンネイティブ」の、ひとつの強力な戦術です。日本語を活用することが大切なのは、言うまでもありません。
英会話へのアプローチ
ここで、スピーキングの学習に話を戻しますと、一口にスピーキングといっても、そこには日常会話からスピーチ・質疑応答、さらにはディスカッション、ディベートや交渉まで多くの要素があります。ですから、「話す」ということの範囲をどこまで限定するか、ということがとても大切になります。
特に日常会話は危険で、たくさんの有識者が指摘するように、慎重に考えないと、小・中・高と膨大な時間と労力を使って、「そこそこの会話ができるようになっただけ」といったようなことが十分に起こり得ます。
これは私たちが英語を学習する場合も全く同じで、漠然と「英会話」と考えていると、どこにも行きつけないままで終わる(get nowhere)ことが十分に有り得ます。ですから、目的に応じた「現実的なアプローチ」についてよく考える必要があります。
もし、本当にスピーキングが本格的に出来るようになりたい、外資系の会社で通用するぐらいまで鍛えたいと考えているのであれば、適切な準備を行った後、海外に正規留学することをお勧めします(※)。
(※)以前にもご紹介しましたが、私の教えた生徒の中にも、全くできない状態から、社長秘書として仕事ができるレベルにまで英語をマスターした人がいます。
国内で学習するのであれば、英会話は最低限のコミュニケーションが出来れば良いと割り切って、ほかに何か自分の得意分野を作ることです。分野を限ると、英語の習得はそれほど大変ではありません。専門性が高いと、その分野ではネイティブに教えることさえ可能になります。
仕事で使うのなら、取りあえずその仕事の周辺に徹底的に絞って学習するのがポイントです。そこで自分なりの学習方法をしっかりとつかみ、ある程度話せるようになって自信が生まれると、弾みがついて、徐々に会話の幅を広げていくことができます。
このような、特定分野の英語のことをESP(English for Specific Purposes)といいます。実例として、近年、オーストラリアでは空港の職員が滑らかな日本語で対応してくれることが多くなっていて、驚くことがあります。彼らが「ペラペラ」のはずはないのですが、どうも仕事に関係する日本語だけをしっかりと訓練しているようです。しかし、あいさつ程度の何気ない言葉でも、日本語で話してくれると、英語の苦手な人にとってはとても安心しますし、この国を身近に感じることでしょう。英語に対しても、このようなアプローチが有り得るということです。
英語に関する限り、私たちの能力は30%程度しか引き出されていません。これはとても残念なことです。このコラムでは、どうすれば残りの70%の能力を発揮できるかについて、日本語を活用するという手法を中心にさまざまな観点からお話ししていきます。
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