今、日本の英語教育は、大きくコミュニケーション重視の方向に舵を切ろうとしています。これは、総じて良い流れだと思います。
言葉は話すこと、つまり口頭コミュニケーションという点を含めて学習しないと、どうしても教え方や学び方がいびつになるからです。「これまでの英語教育はどこかおかしい」、たくさんの人たちが感じてきたのもそれが原因です。
言葉の本質というのは、まず第一に「音声」です。音声を少しずつキャッチし、口に出して真似をしていく中で基礎が作られていきます。ですから、話すことを疎かにするという事は、もっとも基本的な点を疎かにするという事と同じなのです。
ここをはしょると、根本的な基礎が欠けることになり、後あとそれが足を引っ張ることになります。今まさに私たちが頭を悩ませているのがこの点といえます。
「インターネット以前の世界」では、そのような教育でも何とかなったのですが、インターネットが当たり前となった今では、世界の動きに対応できなくなる恐れがあります。“英語教育鎖国(完全な言語矛盾ですが…)”の平和な時代は、終わったと考えた方が良いでしょう。
私たちは、新しい方向に舵を切る必要があります。それも大きく。そもそも、文法重視の旧来の教え方自体、決してうまくはいっていませんでした。これは誰もが身をもって体験している点です。得点に差が出るのは仕方がない、でもせめて後あとプラスになるような英語教育を受けたかった……そう思っている人がたくさんいるのではないでしょうか。
しかし、何事にせよ新しいことを実施するときにはリスクがつきものです。ですから、そのリスクについてしっかりと理解し、「コグニティブの時代」の発想で、できるだけ合理的に、効果的に英語を学習したいものです。
ゼロサムゲーム
ところで、スピーキングの導入にまつわる様々な問題やリスクは、学校だけの問題ではありません。私たち一般の学習にも深く関係しています。その中でも、取り分け大きな問題は、口頭コミュニケーションの訓練を下手に取り入れると、英語の学習が「ゼロサムゲーム」になる危険があるという点です。
ゼロサムゲームというのは、何かに重点を置くと、他の部分が犠牲になって全体としてゼロになってしまうというような試みを指します(※)。
(※)折角ですから、ここでも英語の感覚を身に付けましょう。まず「サム(sum)」というのは「合計」のことです。ですから、「ゼロサム」で「合計がゼロだ」ということになります。つぎにゲームですが、日本ではスポーツやビデオゲームなど限定されて使われますが、英語では人間の活動を指して幅広く使われます。この点を知るだけでも、英語に対する語感がグッと高まります。これが日本語を活用する威力です。
私がここで英語の学習についてゼロサムゲームと言っているのは、話す練習を取り入れた分、リーディングやライティング、そしてリスニングの能力が犠牲になる可能性があるという意味です。
ごく単純に考えてみましょう。
英会話にあこがれを持つ人がたくさんいるということは、それだけ「話せない人が多い」ということです。そして、これはイコール、適切で効果的な「外国語学習法」についてよく理解できていない人が多いということです。このような状態で、スピーキングを拙速に教えようとすると、大きく脱線する可能性があります(※)。
(※)第二言語習得について詳しい人もいるにはいますが、モニター仮説や手続き的記憶など「学問」(座学)として理解できているだけのケースが多く、しかも知識がすでに古く、まさしく化石化(fossilize)しています。今はディープラーニング(コネクショニズム)の時代に突入しており、新しいパラダイムの枠組みの中で知識を整理していく必要があります。現在、もっとも言語の習得に詳しいのは、おそらくAIの最前線に関わっている技術者たちだと思われます。
私たちは、だれもが漠然と「話せるようになりたい」と考えているのですが、その実、それがどれだけ大変なことなのか、どうアプローチするのが適切なのかについて理解できている人はそれほど多くはありません。
国内で英語を話せるようになる人というのはほんの一握りですし、さらにその中で、「外国語」として英語を学ぶ際の学習のメカニズムや訓練方法について理解できている人はさらに少なくなります。同じ事は、海外で英語を習得した人やネイティブスピーカーにも当てはまります(※)。
(※)もちろん、彼らには彼らの強力な利点があります。それは何といっても、英語の国際性を“体”で理解しているという点です。この点はとても重要ですので、別の機会にお話ししたいと思います。
では、いったいどうすれば良いのでしょうか。どういう角度からどうアプローチすれば、口頭コミュニケーション能力を身に付けることができるのでしょうか。
この疑問に対する答を見出すには、やはり、まずは実際に会話力を身に付けた人の言葉に耳を傾けるのが良いでしょう。
海外留学者たちの話
仕事柄、私は海外で英語を習得した人に何人も出会ってきましたが、彼らがそろって口にする点が、まず「初めの半年」です。
英語圏に住んで、大雑把に1日8時間前後ダイレクトに英語に触れると考えると、「半年」ということは、これだけで私たちの中で比較的しっかりと勉強する人の1週間分に相当します。つまり、7倍です。ごく普通の人だと、2週間分ぐらいになるケースもあるかも知れません。つまり、14倍です。
しかも、彼らは日々、日常生活の中で英語を使ってコミュニケーションをしています。これは国内で学習する場合にはまず実現できません。とても大きなハンディキャップです。
海外で生活していると、コンビニやカフェで欲しいものを自分で注文し、店員の英語を聞き取って確認しないといけません。それも、うっかり忙しいランチライムに重なると、店員の英語は猛烈に速く、相当に慣れないと聞き取れません。
店員がブツブツ言うのが聞き取れず、思わずOKと言ってしまったら、昨日からの残り物としか思えないサラダを手渡された。コーラが飲みたくて、「Cola, please!」といっても、なぜか通じない。そういった格闘を半年間にもわたって繰り返すわけです。
もちろん、平日は、毎日4時間程度は語学学校で授業を受け、さらに宿題もするわけですから、半年間も続ければ、いくら英語オンチでも少しは話せるようになるはず――そう思うのが普通です。
ところが、現実はかなり違います。彼らが一様に言うのは、「半年で何とか英語の音に慣れ始めた」という点です。「半年で話せるようになった」と言った人は、私の知り合った人の中では1人もいません。
実際の話として、海外留学を目指す人たちの中でも、このような現実を知る人が驚くほど少ないようで、多くの人が途中で挫折し、日本人同士で集まったり、メールを送り合ったりするようになって、結局会話力を身に付けることができないまま終わるケースが多くあります(※)。
(※)最近の学生は、海外にいても気楽に自分の家族や友人と連絡を取りますし、さらには、(日本の深夜に)国内にいる学生とオンラインゲームをするというようなこともあります。IT技術は、まさしく「double-edged sword」(両側に刃のついた剣=両刃の剣)です(←このように日本語を活用してどんどん語彙を増やして下さい。常識を破ることでしか、常識外れの結果は出せません)。
では、海外に住んで英語をモノにできた人がどのように言っているかというと、大抵の場合、初めの半年を何とか耐え抜き、その後半年間懸命に頑張って、ようやく少し応答などができるようになった。2年目の終わりごろになって、基礎的な会話ができるようになった。4年目の終わりになって、ようやくスムーズに会話できるようになった――概ねそのように言います。
ネイティブ並みに話せるような人にも会ったことがありますが、8~10年程度はかかっています。この点は、ぜひ今このコラムを読んでいる方で、海外経験のある方にもお聞きしたい点です(※)。
(※)私が学生の海外研修の際に知り合った、あるコーディネーターは、「適当に遊んでいるうちにあっという間に半年間が過ぎ、これではいけないと思って、それから後は日本人との接触を一切断って必死で勉強しました」と語っていました。彼はその後の1年間を「地獄のようでした」と表現し、その頑張りのおかげで今があると言っていました。
――これが、「英会話ができる」の舞台裏です。
しっかりとした戦略が必要
このように、英会話というのは、私たちが想像する以上に習得が難しく、漠然と考えているとあっという間に泥沼化します。
私も、自分なりに実用的な英語の学習法を見つけるまでは苦労しましたが、コツをつかみ、本格的に学びはじめてからは4年ぐらいで、もうタイム誌などを読んで、ネイティブ相手に超ひも理論などについて説明していました。ところが、日常会話の習得に取り組み始めて、その歯車が狂いはじめたのです。
事の始まりは、私が「英語の先生」だったことで、先生なのだから時事のトピックや理屈っぽい話だけでなく、日常会話が流暢に出来ないといけない――そう思ったのが運の尽きだったというわけです。そのぐらい、(英語が非日常の環境で)日常会話を身に付けるのは大変なことなのです(※)。
(※)「英語の先生」などにこだわらず、時事の話題やサイエンスなど、自分に興味のある話題だけに絞って学習していればどれだけ楽だっただろう……などと、今でも夢想することがあります。
このような訳で、英会話を学校の授業、それも国内の日本語環境の中で教えようとする場合には、それなりのビジョンと方法論、さら言えばしっかりとした戦略をもって臨まないと危険なのです。
次回は、これらの点についてお話したいと思います。
英語に関する限り、私たちの能力は30%程度しか引き出されていません。これはとても残念なことです。このコラムでは、どうすれば残りの70%の能力を発揮できるかについて、日本語を活用するという手法を中心にさまざまな観点からお話ししていきます。
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