最近ネットで海外の音楽会やバラエティ番組、ニュースなどを観ていてよく思う事があります。それは、様々な国の人たちがいかに英語を自然に受け入れ、当たり前のように使っているかということです。

 たとえば、先日ある指揮者が歌唱コンテストの優勝者についてオランダ語で紹介している動画を見たのですが、軽妙に話をする中でごく自然に“How do they say that? A piece of pie? A piece of cake, right.”などと英語を織り交ぜる訳です。これはもちろん、半分ジョークなのですが、あまりにも自然なので、聴衆も和やかに笑っていました。笑えるということは、聴衆にとっても何ら違和感がないということです。もしあればジョークは成り立ちません。

 また、先日、ブラジル人の有名なバレーボールの指導者が日本に来て中学生に教える企画をテレビで見たのですが、その人はポルトガル語で色々な指示をしながらも、「Good job!」「Excellent!」などとごく自然に英語を織り交ぜていました。

 これは指揮者の場合と違って、パフォーマンスではありません。子供たちを褒める中で、ごく自然に英語が口から出ていたのです。つまり、彼にとって英語はそのぐらい身近なもので、ポルトガル語に織り交ぜることは決して不自然なものではなかったのです。

 しかし、もしこれを日本で行ったとすると一体どうなるでしょうか。つまり、日本語での会話に英語の単語や表現を織り交ぜるわけです。そのようなことをすれば間違いなく、変わり者と思われてしまうでしょう。

「異物」という感覚

 最近は日本でもグローバル化、グローバル社会という言葉がよく使われ、会話力が大切だ、と大騒ぎになっているのですが、そもそも英語を「異物」のように扱う感覚が、私たちの最大の弱点ではないかと思うことがよくあります。「異物」と捉えている限り、身に付くものも身に付かないからです。

 上の例のように、学んだ英語、知っている英語を片っ端から日本語に混ぜて会話を楽しむ――そのぐらいの柔軟性や遊び心が生まれたとき、初めて「英語を使う」「英語で話す」という事ができるのではないかとよく思います。

 少なくとも、あなたの中では英語を「異物」にはしないようにして下さい。そのためにも、映画でもドラマでも何でも構いませんので、自分が好きな素材、身近に感じることのできる素材を一つか二つ見つけて、それを丁寧に身に付けて下さい。そして、同じ意思を持つ人を見つけてどんどん英語交じりの日本語で話して見て下さい。英会話は実践で使うことが大切ですが、いきなり「100%英語で」などと考えると心理的な障壁になるだけでなかなか進歩しません。日本語の流れに乗せつつ、単語やイディオム、決まり文句を混ぜるようにすると、無理なく英語を使う感覚、話す感覚を養っていくことができます。