英語の学習について、私たちは大切なことを1つ忘れてしまっています。それは語学においては絶対に無視することのできない学習法で、英語の達人たちが例外なく、実践している方法なのですが、残念ながら一般的には全くといっていいほど知られていません。いや、それどころか、邪道扱いされるという訳の分からないことになっています。
密かに受け継がれてきた英語学習法
私たちは、長年英語を使えるようになりたいと願い、熱い議論を繰り返し、あれこれと試してきました。しかし、ネットで英語が身近になった今でさえ、たくさんの人が英語で苦しんでいます。そして、多くの人が英語嫌いになったり、英語恐怖症になったりしています。
ところが一方で、それこそ明治時代、つまりネットどころかラジオさえ生まれたばかりの時代に英語を自在に操る人がいました。その人たちには共通した学習法があり、それはその後も密かに受け継がれ、今でもその方法を使って、海外経験がほとんどないにも関わらず、英語を得意にした、あるいは達人級まで極めたという人がたくさんいるのです。
私の知り合いにも、一人います。
彼は、海外経験ゼロにも関わらず、ネイティブスピーカーもてっきりネイティブだと勘違いするほど、流暢に英語を話します。私も初めて会ったとき、あまりの流暢さに驚き、海外経験が無いと聞いて2度驚いて、詰め寄るようにしてどのように学んだのかを聞いたのですが、その答えがその学習方法でした。
さて、一般にはあまり知られることのないまま、また実践されることもないまま、密かに達人たちを生み出してきた英語の学習法とはいったい何なのでしょう――それが「暗唱」なのです。
「暗唱は応用が利かない」は完全な誤り
今この記事を読んでいる人の中で、「暗唱」を実践したことのある人はほとんどいないはずです。なぜなら、一般には「暗唱=暗記=応用が利かない」という方程式のようなものが信じられていて、実践されるどころか、強く避けられる傾向があるからです(※)。
(※)世界の教育現場でもrote memorization(棒暗記)と馬鹿にされることがよくあります。
しかし、これには仕方のない点があります。
なぜならどう考えても“丸暗記”したものが自在な応用につながるとはイメージしにくいからです。そこに、「言葉にはルールがある、だからルールについて学び、演習を行って、そのルールを使えるようにすれば言葉は自在に使えるようになる」、と言われると暗唱なんて意味が無いのでは? という結論になってしまうわけです。
ところが、21世紀に入って、事情は大きく変わってきました。脳科学の進歩のおかけで、脳がどのような情報処理を行っているかが分かり始めたからです。
脳はルールを操りながら言葉を話しているのではありません。「決まった形」として覚えた情報が多数重なる中で、そこにある規則性を自然に理解していき、それにしたがって情報を組み合わせているだけなのです(※)。
(※)その規則性について解き明かそうとするのが言語学です。しかし、規則性はあくまでも規則性であって「規則」ではありません。つまり、「ゆらぎ」があります。そのため、文法にはいくつもの種類があります。私たちは文法を絶対的なものだと考えがちですが、どの文法もまだ不完全です。もし完全なものがあれば、文法学者がいるはずもありません。
実際のところ、コンピューターを使って言葉を分析する手法(コーパス言語学)などの成果もあって、人が使用する言葉のほとんどが、決まり文句の組み合わせであることが分かっています。
そう考えて振り返ってみると、私たちも、普段日本語を使っている中で、繰り返し耳にする言葉やフレーズ、印象深く残った言葉やフレーズはごく自然に使えるようになりますね。いや、それどころか、それらの表現を少し変形して(=応用して)仲間同士で面白おかしく使うことさえあります。
また、少しフォーマルな日本語を書きたいと思ったときには、「~の書き方」や「~の例文」といったテンプレートを参照してそれを変形(=応用)しますね。
そのとき、いちいち国文法を参照して“用法”が正しいかどうか調べるでしょうか? 調べませんね。なぜかというと、私たちは本能的に、パターンの中に“正解”があることを知っているからです。
そもそも、もし、暗唱がどうでも良いようなものであれば、国語の教育において、百人一首や和歌、そして俳句を暗唱することや、優れた和文を朗読することは「単なる時間の無駄」ということになります。
――あなたはどう思いますか。
いずれにしても、文法を詳しく習ったのに、いざ話すとなると手も足も出ない……その原因は、1つひとつルールを参照して英文を「作ろう」とするからなのです。作ろうとせず、正しい英文、美しい英文、論理明快な英文をそのままそっくり暗唱すると、「強力なテンプレート」が多数身に付き、さらにそれらの間で相乗効果が生まれるため、これを言いたいと思った瞬間に的確な表現が口を突いて出るようになるのです。
なぜ暗唱は避けられるのか。
このように、暗唱は間違いなく強力な学習法で、その効果については、明治の昔から現代に至るまで、何度も何度も実証され続けています。実際のところ、英語の達人というのは、例外なく必ず暗唱・朗読、あるいはそれに準じた学習を行っています。
ではなぜ、暗唱は日本の英語教育に取り入れられないのでしょうか。ここには、大きく2つの理由があります。
1つ目は、入試(とくに大学入試)にスピーキングテストが無いということです。「学習はテストに規定される」―――それが学習とテストの間にある鉄則です。ですから、話す力、あるいはスピーチをする力がテストされないとなると、暗唱どころか、正しい発音や読み方さえ教えられずに放置されるということになります。
おそらく、英語の先生の中には暗唱や朗読の重要性を理解されていて、なんとか実施したいと考えている方がいるはずです。しかし、入試に出ないとなると、そもそも学習者、つまり生徒にモチベーションが生まれません。現代ほど、暗唱が手軽に、そして的確にできる時代はかつてなかったわけですから、これはとても皮肉な話です。
さて、テストというと、TOEICもまずはリスニングとリーディングです。日本人が気真面目なせいか、会社が人材の募集要件に含めることが多くなったせいか、誰もかれもが700点、800点、さらには満点を目指して頑張ります。ところが、普通の人が800点を取ろうなどとすると、早くて3~4年はかかりますので、途中で行き倒れる人、燃え尽きる人が出てきます。つまり、受験英語と同じようなことが起こるわけです(※)。
(※)この点、同じテストといってもGTECははるかに手軽に短時間で「4つの技能」を測定できますので、これをうまく活用して基礎を練り上げ、仕上げでTOEICを利用するというのも1つの選択肢だと思います。スピーキングを意識していると、英語の学習全体が実践的で効果的になります。まずインプット(リスニングとリーディング)ができてからアウトプットなどと考えると、学習効率が異常に悪くなり、英語を話せるまでに10年前後もかかることになります。
2つ目も、入試問題と関係があるのですが、受験英語ではあまりにも「文法的正確さ」に重点がおかれ過ぎているため、教える側(先生)も教えられる側(生徒)も、さらには保護者の方々も、文法解説・文法演習を行わないと不安になる傾向があります。そのため、どうしても文法に走ってしまうのです。
この不安は決して根拠のないものではなく、暗唱だけによって入試に対応できる英語力を身に付けさせるには相当な工夫が必要です(※)。
(※)私が研究してきたのはまさにこの点で、例えば(文法用語を使わずに)進行形から動名詞、分詞構文、分詞形容詞の基本を40分程度で教える技術や、問題を解かずに文法・語法の四択問題を解く技術などを開発しています。このような技術を暗唱と結び付け、全体をシステムとして整備すると、実用的でありながら受験英語にも対応できる強力なインターフェースができます。
しかし、私の経験では、例えば「通訳」をさせるという設定をすると、小学5~6年生であれば、結構しっかりと暗唱してきて、楽しく“通訳テスト”をし合うものです。これは、「英作」という静的な発想よりも、「通訳」というインターラクティブで、ダイナミックな発想の方が、頭がはるかに活性化するからです。また、だれでも、努力をすれば、その結果が目に見える形で現れるという点も大きいと思います。
このようにして、文字通り「体で覚えた英語」は、そのままダイレクトに受信力・発信力の礎石となります。
いずれにせよ、学校において暗唱を重視した指導を実施することにはいくつかのハードルを越える必要があり、決してやさしくはありません。しかし、社会人は自分の判断次第で、かなりの自由が利きます。ですので、とくにスピーキング力を身に付けたいと願っている人にはぜひ暗唱を実践することをお勧めします。ペーパーテストをいくら受けても、話す力は身に付きません。
- ①実際に話して、「出来ない」を体感(痛感?)することを繰り返す
- ②言えなかった表現、言いたかった表現を“丸暗記”して、つぎの機会に使ってみる
- ③相手の表現を借りる(というか盗む)
- ④ほんのわずかの成功体験を100倍ぐらいにプラスに解釈する
- ⑤話したい内容について暗唱してスピーチをし、それについて質疑応答をする
- ⑥日常生活の中でも、常に「これって英語でどういうのだろう」という疑問を持ち、リアルタイムで調べて暗唱する(リアルタイムで暗唱すると、使える表現になりやすい)
……といった具合に、「実践」と「暗唱」の間を行き来することで話す力は急速に伸びていきます。はじめはごく簡単な、それこそ中学レベルの内容で良いのです(※)。とにかく、「英語をそのまま丸ごと体に覚え込ませる」という方法がスピーキング力を伸ばすには不可欠です。私の制作する英会話の教材類にも、この考え方が応用されていることは言うまでもありません。
(※)日常的なコミュニケーションの大半が中学レベルの英語で出来ると言うのは事実です。あとは、語彙を増やせば大抵のことは伝わるようになります。暗唱という手段を徹底的に使えば、はじめから高度な内容について話すことも可能です。私はこの方法で、英検1級のパブリックスピーチに通りました。
英語に関する限り、私たちの能力は30%程度しか引き出されていません。これはとても残念なことです。このコラムでは、どうすれば残りの70%の能力を発揮できるかについて、日本語を活用するという手法を中心にさまざまな観点からお話ししていきます。
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