仕事柄、私は普段から色々と情報を収集していますが、TOEICについて最近よく感じることがあります。それは、意外にこのテストの性質が知られていないということです。そして、その結果として、このテストが過剰に意識されてしまい、本来プラスのツールになるべきはずがマイナスの要因になっているケースが増えているように感じます。今回は、この点について少し考えてみたいと思います。
TOEICのスコアと英語の実力の関係
TOEICというテストを理解する上でまず念頭におきたい点は、TOEICのスコアと実際の英語話力は必ずしも一致しないという点です。例えば、私がこれまで教えてきた学生の中に、私の目から見て前向きで、しかも実際に英語を使って接客業のアルバイトをしている人が、500点程度しか取れずに悩んでいるというような例がありました。
その人の話す英語は、決してパーフェクトではありません。語彙だけでなんとか乗り切るという事も多かったようです。しかし、言えなかった言葉は後で必ず先輩に聞いたり、自分で調べたりしてノートに書いて練習しており、少なくとも私の目から見ると、とても可能性のある人材でした。このような話は決して例外ではなく、TOEICのスコアが低いのに英語でコミュニケーションができる例、逆に高いのに英語で仕事ができない例は普通にあります。
ここでチェックしたい点は、本格的な会話力というものは海外で英語の環境にどっぷりと浸かりでもしない限り、なかなか身に付かないということです。最近は4技能を測る方向で様々な英語テストが動いていますが、スピーキング能力をテストすることには大きな意味があるものの、一方で実践的なコミュニケーション能力をテストで測ることはかなり難しいと考えた方がベターです(※)。そういう意味では、実際の仕事の現場でコミュニケーションが出来ている人は、たとえテストのスコアがさほど高くなくても十分に英語を使えていると言えますし、これからも伸びしろがあると言えます。このようなタイプの方には、取りあえず、まず悩まないでいただきたいと思います。
(※)スピーキング能力がテストされるとなると、音読やシャドーイングを行う動機が生まれますが、これらの練習は英語力そのものを高めるのにとても有益です。
書く方も同様で、以前お話ししたように、私の知っている人にはTOEIC450点ぐらいにも関わらず、ネイティブ並みのビジネスメールを書く人がいます。普通は900点を越えて、ようやくまともな英文が書けるかどうかという感じですので、知り合った当初その人が10分程度でパーフェクトなビジネスレターを書いてのけたときには、大いに驚いたものです。彼がどのようにしてこのような“想定外の結果”を出したかというと、その答えは“テンプレートの活用”です。
インターネット以前の時代と違い、今では手軽に英文ビジネスレターのテンプレートを手に入れることができます。それも和訳付きで。TOEICは、大方の見立てとは異なり、450点程度あれば、十分に英語の基礎は出来ていますので、必要な部分をコピペすれば立派な英文を書くことが可能です。とくに和訳が付いている場合には、英文のどの部分が必要かということが即座に分かりますので、作業はあっという間に終わります。よく考えると、私たちは日本語でメールを書く場合にも、テンプレートを使うことが有りますね。
TOEICがプラスになるケース
この1つの例は、現実的に450~500点程度でいったんオーケーとし、あとはリソースを実際に仕事で必要な英語の習得に向けるケースです。TOEICは450~500点取れれば十分に基礎が出来ていますので、実利的な観点から方向性を変えるわけです。なぜこのような方向転換が有効かというと、仕事で使う英語といっても、分野によってそれぞれ使われる語彙や表現が異なるからです。TOEICでこれらの英語をすべてカバーすることはできません。というか、カバーできない点がたくさんあります。
スコアが高ければ、その分そういった英語を吸収する力も高いはずだという理屈も成り立ちますが、その理屈でスコアを求めると、大きな遠回りになる可能性もあります。TOEICは、あくまでもごく一般的な社会生活の英語能力を測るテストですので、その点をよく理解して活用する必要があります。
TOEICがマイナスになるケース
どのような英語テストであれ、その扱い方を間違えるとマイナスになってしまうことがあります。私が知っている中でもっとも驚いたのは、会社の方針として毎月TOEICを受けさせているという例でした。TOEICはテストのツールであって、トレーニングのツールではありません。時間をおいて年に4回前後受けるぐらいなら、適度な刺激になってプラスに働くと思いますが、毎月となるとトレーニング不足になるのは確実で、学習者が消耗する確率が高くなると考えられます。
もう少し詳しく説明しますと、TOEICは「四択問題」(part2を除く)のテストです。当たり前ですが、四択問題では選択肢は4つあっても、答えは1つしかありません。残り3つは「迷わせるため」に用意されています。一般に「ひっかけ」と呼ばれる問題がこれに当たります。これを英語でdistractorと呼びます。そのもっとも典型的な例は、たとえばつぎのような問題です。
【Part1】写真描写問題
(2人の人物が、立ったままテーブルの上に置かれた数冊の本を見ています。)
- (A)They’re reading some books.
- (B)They’re removing some documents.
- (C)They’re standing by the table.
- (D)They’re talking on the phone.
本がテーブルに置いてある以上、受験者はそれを意識し、(A)と答えがちになります。しかし、2人はただ本を見て何か相談しているだけで読んでいる訳ではありません。さらに、readingのあとにremovingという出だしの音が紛らわしい単語があるので、受験者は一瞬迷います。結局答えは(C)なのですが、このような構成にされると、正解するのはかなり難しくなります。
TOEICにはこのような問題が随所にあります。そうしないと、テストが成立しないからです。そのように作られているテストを十分なトレーニングもせずに何度も受け続けると、次第に頭は混乱状態になっていき、スコアは上がるどころか下がっていく事が十分に有り得ます。
TOEICの扱い方
では、このテストをいったいどのように扱えば良いのでしょうか。大切な点は2点あります。1点目は、まず適度な距離を置いて付き合うということ。TOEICが英語力の「ある側面」を測ることのできるテストであることは事実ですが、英語力のすべてを測れる「完璧なテスト」だと思い込んでいると、実際の英語力とのギャップに悩むことになります。また、スコアアップにも難渋することになります。上でも触れたとおり、四択問題に真剣に取り組んでも、それ自体はトレーニングには成りにくく、むしろ逆効果につながるからです。ですから、対策勉強をするにしても、つかず離れず、解答・解説や和訳を随時参照しながら取り組む方がスコアは伸びやすくなります。
もう一点大切な点は、基礎トレーニングをしっかりと行うということです。特に英語自体に苦手意識のある人は、ここが絶対の原則です。300点台で苦しんでいる人が、トレーニングが不足している状態で、立て続けにTOEICを受けても、頭が混乱することはあってもスコアが伸びることはまずありません。
TOEICは障害物競走のようなものです。障害物競走で良い結果を残すにはどうすれば良いでしょうか。それはまず脚力を鍛え、柔軟性を養うことです。TOEICに当てはめるなら、まず語彙の増強、そして頭から英文を読み下す練習が最重要ポイントです。どちらも日本語を上手く活用すると、無理なく身に付けることができます。それがこのコラムのテーマでもあります。
もし、文法でつまずいている人がいるなら、受信文法の発想(「英文法をシンプルに斬る!」の回を参照)で、ストレートに英語をつかむようにすると、全く違う世界が見えてきます。従来の、受信のためか発信のためかよく分からない文法は、無闇に英語の学習を難しくしている点があります。たとえば、5文型はその1つの例です。なぜかというと、中学3年生で5文型について習う前に、中1~中2の段階で、すでに私たちはしっかりと英文を読めているからです。O(目的語)やC(補語)について、まったく何も知らないのにも関わらず。
いずれにしても、テストはどう活用するかということがとても大切です。テストそのものが目的になってしまっては意味がありませんし、効果も期待できません。テストとトレーニングを区別して、うまく学習を進めて下さい。
英語に関する限り、私たちの能力は30%程度しか引き出されていません。これはとても残念なことです。このコラムでは、どうすれば残りの70%の能力を発揮できるかについて、日本語を活用するという手法を中心にさまざまな観点からお話ししていきます。
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