通訳者の仕事

 通訳者というのは、言うまでもなく、言葉のプロです。彼らのトレーニングは半端ではなく、表現に関する本を丸ごと全部覚えるなどというのは基本で、聞き取った英語を長く記憶しておけるようにしたり(リテンション)、渡された資料をその場で読みながら英語にしていったり(サイト・トランスレーション)など、過酷な訓練を行います。

 それだけでも大変なのですが、そこに加えて通訳者たちは常に膨大な勉強を続けています。続けざるを得ないのです。なぜかというと、伝えるべき内容がクライアントによって異なることに加えて、扱う分野や業界が少しでも異なると使用される言葉も異なってくるからです。そのため、華やかな舞台の裏では、1週間前、前日、さらには当日に資料を渡されてそれを読みこなし、必要な用語を覚えるといった離れ業のような学習が繰り広げられています。

 一方で、私たちは英語を話すことが壊滅的にできません。

 そうなると、どうしても、一層のこと通訳者の方に入ってもらえばいいのでは? と考えるのが普通です。これは英文を書く場合も同じで、海外へ送るメールや資料についてはプロの翻訳者に依頼すれば速くて確実で良いのでは? と考えます。

プロに頼ることの限界

 言葉のことは言葉のプロに……これは一見合理的で確実な解決策のように思えます。しかし、話はそう簡単にはいきません。

 なぜなら、業務にはどうしても現場の人間、あるいは直接やり取りをしている担当者にしか分からない点があるため、プロを通しても、8割までは問題がない、けれども残り2割がどうしても伝わらない。さらには、9割までは問題がない、けれども残り1割がどうしても伝わらない――そういったことが起きてしまうのです。

 1割程度なら伝わらなくても良いのでは? と思われるかも知れませんが、たとえ1割であっても、それが積み重なると大きな行き違いが生まれ、やがて種々の支障が出てきます。

プロでもミスをする

 また、私たちは言葉のプロならミスはしない、あるいは信頼できるネイティブだから大丈夫だと考えがちです。ところが、ネイティブが見てくれたと安心していると大変なことになることがあります。なぜなら、依頼先がプロでも、またかなりのインテリでも、勘違いしたり、見過ごしたりするケースが結構あるからです。

 私自身も、教材などで使用する英文については必ずネイティブのチェックを入れるのですが、校閲を依頼した英文をそのまま使用することはありません。必ず自分でチェックを入れ直し、疑問点について質問します。問題点のあることが分かっているからです。

 当然ながら重要な英文ほど遠慮している場合ではありませんので、ときには一文、あるいは一語について何度も検討し直すことがあります(※)

(※)これは言い換えると、そのぐらい言葉というものは難しいということです。私たちも、日本語で文章を書くときに苦労することがよくありますが、それと同じです。

専門分野の英語

 高度に専門的な分野の英語となると、話はさらにややこしくなります。なぜなら、そのような場合には、そもそも校閲のできるネイティブがとても限られているからです。

 私も、ある大学の工学研究科で英語の教材を作ったことがあるのですが、そのときには本当に困りました。当時関係していた研究室にはネイティブの研究者もいたわけですが、校閲を頼めるほどヒマな人はいません。そこで散々調べた挙句、ある翻訳会社を見つけそこに依頼することにしました。