また、内容的にこのようなズレがあると、たとえ、TOEICのスコアが上がったとしても、それが仕事に直結する保証はありません。

 それに加えて、そもそもTOEICは四択のペーパーテストですので、当然ながら、意図的に人を惑わせるように作られている問題がありますし、リスニングでは英語力というよりは「記憶力」が試されるような側面もあります。そのためか、私もネイティブスピーカー自身が「満点を取る自信がない」ともらすのを何度か聞いたことがあります。……というか、彼らでも平均点は950点前後です。

 とはいえ、私はTOEICのような英語試験が不要、もしくは無駄であるとは思いません。たとえば、大学生が、英語の勉強の一つの目標として利用するのは決して悪くないと思います。また、TOEICで800点以上取れるとすると、一定のリスニング力やリーディング力があるというのも事実です。ただ、テストというのはあくまでもテストです。「実践」(もしくは実戦)に通用するとは限りません。

 理想は、それぞれの人が自分の専門分野の英語を学んだ結果、TOEICのスコアも上がるという流れです。実際、私がある大学の工学研究科でESPを教えたときには、理系の学生で、大した対策もしていないのにもかかわらずTOEICスコア750を普通に取っていて大いに驚いたものです(※)。  

(※)著者にもよるのですが、理系の本で優れているものは、極めて論理明快かつ端正な英語で書かれています。興味をもって、そのような英文に触れ、プレゼンなどの練習をするわけですから、英語力が伸びるのも当然かも知れません。

ESPの弱点と対処法 

 もちろん、ESPにも弱点があります。それが何かと言うと、まさしく「専門分野の英語」のため、下手をすると個別対応に近い研修を行う必要があるという点です。実際、私が上述のESPプログラムを作った際にも、4つの異なる教材を作る羽目になりました。しかし、この問題も、個別対応のレベルにまで突き詰めず、その一歩手前の、もう少し大きな括りで学習素材を選んでトレーニングすればうまく行きます。私の場合は、工学研究科という、そもそもが半端なく専門性の高いところで仕事をしたので大変でしたが、もっと概論的なところで、学習の方法、つまり語彙の増強方法や速読の方法、プレゼンテーションの方法、Q&Aのコツなどを身に付ければ、それを各自が自分の専門分野の勉強に活かして英語力を高めることは問題なくできると思います。

 ちなみに、私がESPの威力を如実に感じたのは、この工学研究科での体験が初めてでしたが、じつは前々回のコラムで米国の飛行機事故での交信記録を扱った際にも、強烈なインパクトを受けました。そのコラムの中で、私は「runway27,left」というのを「滑走路27が左手にある」と訳したのですが、大勢の専門家から「それは、滑走路27Lの意味だ」というご指摘を受けたのです。つまり、滑走路には27Lと27Rがあって、その中の27Lの方だという意味だったのです。私は、内容の性質上このような事も有り得ると考え、飛行機の経路や滑走路の本数、位置などをできる限り詳しく調べていたのですが、結果としてミスをしてしまいました―――「専門分野の英語」とはこういうものです。

 いずれにせよ、この件を通じて、「日本は、これらの誇り高きプロフェショナルの方々の力で世界に立ち向かっている」と改めて強く思ったものです。今このコラムをお読みになっている方々にも、それぞれに専門分野もしくはそれに近い知識・技術をお持ちの方がたくさんおられると思いますが、“英語の危機”が身辺に迫ったとき、あるいはそれが予測される場合には、周囲から何を言われようとブレずに、まずご自分の専門分野の英語をしっかりと固め、その周辺に、先に述べたようなシンプルな日常会話表現の徹底反復トレーニングを配置することをお勧めします。

英語に関する限り、私たちの能力は30%程度しか引き出されていません。これはとても残念なことです。どうすれば残りの70%の能力を発揮できるのか。さまざまな観点から考えています。私の公式サイトはこちらです