ここで、音だけ耳に残しても仕方ないと思う人もいるかもしれません。しかし、そもそも言葉は①音声、②意味、③文字の3つの情報しか持っていません。ですから、音を耳に残すだけでも扱うべき情報は大幅に減ります。もちろん、1回ですべての音声を正確に覚えることはできません。そこでステップを踏んで段階的に行うわけです。5ラウンド制が巧みなのは、その「音入れ」をイラストと組み合わせることにより、意味の理解を同時並行で行っている点です。

 さて、そうなると、最後に残るのは③の文字情報ということになります。しかし、音声と意味がある程度結び付いて「慣れ」ができていると、文字を覚えることはとても楽になります。これは、読めない漢字よりも読める漢字の方がはるかに覚えやすいのと同じです。ただし、ここでも5ラウンド制ではとても注意深いアプローチが取られており、いきなり文字を書かせることをせずに、並び替えなどの中間的なステップを踏んで学習強度を調整しています。

真逆の発想

 従来の学習では、音も意味も綴りもすべてを同時に学習させようとし、さらにそこに文法解説・演習までもを追加するため、負担が大きくなり過ぎる傾向がありました。これを受けて、教える側は、ステップをさらに細分化するなどいろいろと工夫をしてきたわけですが、これは、結局は「初めから一つ一つ正確に組み立てる」という直列処理の発想で、大きな変化を期待することはできません。5ラウンド制は、これとは真逆のアプローチを取っています。つまり、「初めから正確である」ということを追求せずに、「徐々に正確にする」というアプローチを取っています。

文法が消える

 さて、ここまで5ラウンド制について私なりの解釈で説明してきましたが、私が「文法」という言葉を一度も出していないことにお気づきになったでしょうか。実際、この手法を考案し実施した先生も、YouTube上の動画で、「文法はほとんど教えない」と説明しておられます。では、いったい文法はどこに行ってしまったのでしょうか? その答えは、「消えた」です。

 そもそも、言葉は「意味と音(文字)」の組み合わせに過ぎません。そして、この2つの間にある関係性を人間が説明(記述)したのが文法です。つまり、「文法=意味+音(文字)」です。ですから、意味と音(文字)を丁寧にインプットしていけば、意識せずとも文法は習得されます。つまり、事実上、消えてしまうのです。ここが、脳型の情報処理の際立った特長で、この情報処理ではプログラム(つまり文法ルール)をインストールする必要がありません。

 しかし、それならわざわざ中学校の教科書を使わなくても、洋楽や映画・ドラマを観ていれば、同じように文法を学ばずに英語を習得できるはずだということになります――その通りです。しかし、中学の教科書には、これらの素材とは全く異なる特長があります。その特長があるからこそ、5ラウンド制は成果を出すことができているのです。では、それはいったいどのような特長なのでしょうか。それが、実は「文法的に段階的に作られている」という点なのです。

 ここまで読んで、少し混乱された方がいるかもしれません。どう考えても、矛盾しているように思えるからです。しかし、ここにはしっかりとした根拠があります。次回にその点についてお話したいと思います。

 英語に関する限り、私たちの能力は30%程度しか引き出されていません。これはとても残念なことです。このコラムでは、どうすれば残りの70%の能力を発揮できるかについて、日本語を活用するという手法を中心にさまざまな観点からお話ししていきます。

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