今、英語教育界で熱い視線を受けている教授手法があります。それは、横浜の市立の中高一貫学校が実施している5ラウンド制という英語教育法です。この方法では、1冊の教科書を1年間で5回繰り返し学習します。つまり5周するわけです。これは恐ろしく型破りです。通常は、例えば、教科書に12のユニットがあるとすると、それを1つずつ順番に学習し、最後のユニットをその年度の3学期の終わりに行うからです。

 中学の教科書というものは、たとえ出版社が異なっていて、それぞれ独自の切り口で作られていても、どれもワンステップごとに段階的に学習が進むように緻密に計算されて作られています。それを1年で5周行うということは、この順序建てを根底から壊すということにほかなりません。しかし、それほど型破りな手法であるにも関わらず5ラウンド制は全国の注目を浴びています。なぜなら、成果を出しているからです。

 もちろん、もともと生徒が優秀で授業が成り立つ素地があるからでは? とか、実は塾に通っていて、できないところをカバーしているのでは? といった色々な疑問が出るわけですが、ここでは一旦そういった疑念を脇におきたいと思います。なぜなら、少なくとも私が見るところでは、5ラウンド制はとても理に適ったステップを踏んでいるからです(※)

(※)以下の説明は、あくまでも私の視点から見た分析ですので、その点をよくご理解願います。

どこが違う?

 では、いったいなぜ、ワンステップごとに丁寧に学習を進めるように作られている教科書を、1年に5回も繰り返すことが可能なのでしょうか。どう考えても、通常のやり方では無理です。ごく単純にいって、ワンステップ毎にやるとすると1週間に5倍の授業時間が必要ですし、宿題も5倍必要ということになるからです。

 これはいったいどういうことなのでしょうか。それを理解するカギになるのが、このコラムでたびたび扱っている、コンピューター型の情報処理と脳型の情報処理の違いです。

 従来の授業における「ワンステップごと」にというのは、コンピューター型の発想に基づいています。その根底にあるのが、①英語にはルールがある、②だからルールについて解説と演習を行えば、③英語は使えるようになる――という考え方です。この考え方を究極にまで追究し、ごく簡単な英文から複雑な英文へと、無理なく、順序良く、合理的に学習を組み立てている――それが中学の教科書なのです。

 ところが、ここがとても興味深い点なのですが、じつは、5ラウンド制でも「ワンステップごと」の段階的な学習を行っています。ただ、その意味合いがこれまでの手法とはまるで違うのです。5ラウンド制では、「文法の難度」ではなく、「情報の強度」に段階を付けています。具体的に言いますと、まず聴覚情報(音声)に重点をおき、これに慣れるようにするところから学習を始めます。

聴覚から視覚へ

 聴覚情報(音声)は視覚情報(文字)に比べて、情報の強度がはるかに低いため、中学1年生の教科書の1冊分を丸ごと聴いてマネして記憶に残すとしても、それほど負担なく、短期間に終えることができます。ちょうど適度な速度の洋楽の歌詞が容易に耳に残っていくのと同じです。