実際のところ、日本で販売されている問題集やアプリの類には、ごく一部の例外を除いて、「ただ頭を悩ませるだけ」としか言えないような問題がまだまだたくさんあります。先日も、ある問題集を見ていて、「つぎの英文と同じ文型の英文を選びなさい」という問題があるのを見つけ、大いに驚いたものです。それを解いた例も見たのですが、生徒がSやVやOやCをあちこちに書いては消しているのを見て暗澹たる気持ちになったものです。私の視点で見る限り5文型は不要です。無くてもなんら問題なく英語は読めますし、書くこともできます。百歩譲って説明に使うとしても、分類をさせるのだけは避けたいところです。どれがOかどれがCか、さらにはいつの間にかMが登場して、どれがMか?等々。

 これも実際の話ですが、私が出会った高校生に、子供のころから英会話スクールに通っていて、素晴らしい発音で英語を読み上げるのに、文法解説・文法問題が苦手で英語ができないという生徒がいました。私自身も、文法で危うく英語嫌いになりかけた口です。

最強の早期英語教育はこれだ!

 以上のような点を踏まえて、改めて早期英語教育について考えると、私が最強だと思うのは、ズバリ、「母語と抱き合わせた英語教育」です。たとえば、社会で「歴史」という言葉を習ったとしましょう。すると、それがしっかりと定着したタイミングを見計らって、historyという英語をくっつけてしまうのです。つづりまで覚えさせる必要はありません。あくまでも「音」としてくっつけてしまうのです。カタカナで書くなら「レキシ・ヒストリー」でしょうか。

 生徒たちはすでに「歴史」というものがどういうものなのかを理解しているわけですから、プラスαで音声をつけたところで、それほど大きな負担にはならないでしょう。むしろ、「妙な音」がくっついていて面白いと思うかも知れません。何より、彼らは慣れる力が高いので、すぐに慣れてしまうでしょう。

 この辺りについて、私たちは何か妙な固定観念を持っているように思えます。一つには、「英語は外国語だ。だからまずdeskやappleなどから始めないといけない」と考えている点、もう一つは同じ理由で、「生徒が覚える英単語数にはしっかりと制限をかけないといけない」と考えている点です。前者については、妥当なところもあります。しかし、後者についてはどうでしょうか。実際問題として、生徒はどんどんと「新しい日本語」を覚えていっています。全科目を見渡せばそれはかなりの数になるでしょう。そこに便乗すれば、高度なものも含め相当な数の語彙を身に付けることができるはずです。

 目的にもよるのですが、基本的には語彙だけでも増やすことができれば、英語学習の敷居は間違いなく低くなります。もし私たちが母語を守り通して、なおかつ英語力も高めたいというのであれば、これが一つのアンサーではないかと私は考えています(※)。

(※)全国で一斉になどというのは非現実的ですが、実施できる学校がきっとあると思います。日本語力の範囲内で考える限り、覚えることのできる単語やイディオムの数に制限をかける根拠はどこにもありません。

英語に関する限り、私たちの能力は30%程度しか引き出されていません。これはとても残念なことです。どうすれば残りの70%の能力を発揮できるのか。さまざまな観点から考えています。私の公式サイトはこちらです