ここで少し説明を加えますと、日本の英語教育でいう「英作文」というのは、今でも大抵の場合、文法ルールにそってパーツを組み立てるだけの、「部品のオブジェ」のようなものです。これには理由があって、中学生や高校生にとっては「入試に合格すること」が何よりも大切なのですが、入試で「ただ英文が書ける以上のこと」、つまり単に文法的に正しいだけでなく、論理明快かつ流麗な英作文能力が求められるような事はまずないということです。なぜなら、そのようなレベルを要求すると、(残念ながら)今の我が国の英語教育のレベルでは合格する人がいなくなってしまうからです。

 私自身は、生徒に中途半端な英語を教えるのは嫌でしたので、英作文を教えるときには必ず自分で文章を書き、それを複数のネイティブにチェックしてもらって、出来る限り洗練された英文を解答例として提示するようにしていました(※)

(※)文章を書くというのは日本語でも難しいものですが、この点は英語のネイティブスピーカーも同じで、とんでもない英文を書く人がいます。そのため、高品質の英文を準備するのは結構大変でした。

 いずれにせよ、当時浪人生だったその彼の英文は、それまで見てきたどの英作文よりも飛び抜けて英語らしく、私はてっきり彼が英語圏で教育を受けたものと思い、「どこに何年住んでいたの」と聞きました。ところが、それに対して彼は、「いいえ。海外に住んだことはありません」と答えたのです。これには二度驚きました。

 よく話を聞いてみると、彼は中学に入ったころから大の洋楽ファンとなり、歌詞を懸命に覚えただけでなく、添えられている和訳を読むだけでは満足できずに、辞書などを調べて原文の意味を理解しようとしたというのです。楽しいから歌詞の意味を理解しようとし、そのまま覚えて、歌った――彼にとっての「英語の勉強」というのは、たったそれだけだったわけです。もちろん、学校での学びもある程度は意味があったかも知れません。しかし、書いた英文から判断して、その英語力の大半を歌詞からつかみ取ったことは間違いありませんでした。

洋楽が優れた学習素材である理由

 しかし、洋楽で英語力を身に付けたといっても、もうひとつピンと来ない人もいるかも知れません。洋楽の歌詞というと、「詩」(韻文)と考える人も多いからです。確かに、歌詞の中には特徴的な文体のものもありますが、平易な文章もたくさんあります。そういう文章に多数触れていると、知らず知らずに語感が身に付き、英文を書く際の言葉の選び方、表現の仕方に現れるのです。

 また、当然のことですが、歌詞には様々な文法ポイントが含まれていますので、これを覚えるということは、英文の規則性を身に付ける事にダイレクトにつながります。語順はその典型例でしょう。その上、歌詞は、抒情豊かで意味的に洗練されているため、文法書の無味乾燥な例文よりもはるかに身に付きやすいと言えます。

 例えば私のように、特に洋楽好きというわけでなくても、「Let it be.」(ビートルズ:すべてをありのままに受け入れなさい)とか、「Let it go.」(アナと雪の女王:悩みを手放すのよ→ありのままの自分になるのよ)、「If I should stay, I would only be in your way.」(ボディガード:もしも<万が一にも>私がこのままあなたと一緒に居ようとすれば、邪魔になるだけだと分かっている)ぐらいは知っています。

 言葉というのは、つまるところ、「音」に「意味」がつけられたものに過ぎません。文字が発達するにしたがって複雑にはなりましたが、原点は今でも間違いなくそこにあります。

 洋楽で英語を学ぶというのは、まさしくその原点に回帰することと言えます。映画やドラマと比べると、洋楽はすぐ身近にあり、またすでにメロディを知っているものもたくさんあるはずなので、アプローチの仕方によってははるかに優れた学習素材になり得ます。