英語に対する私の長い間のテーマは、①文法をどこまでシンプルに出来るか、という点と、②日本国内でどこまで英語力を伸ばせるか、という点です。
今回は、私が文法を全く使用せずに外国語を習得する教材を設計し、自分自身に試して、1か月半で1つの話題について、流暢に話せるようになったケースについてお話しします。
テストには合格したが…
もうかなり前のことですが、私は英検1級や国連英検特A級(外務省後援)を受けたことがあります。どちらにもリーディングとリスニングテストに加えて面接試験があり、当時の感覚としてはとても先進的なテストでした。英検の面接は、ほぼ現在と同じで、いくつかの題目の中から1つを選んで1分で考えをまとめ2分でスピーチをするというもので、国連英検特A級は15分間、面接官と会話を行うというものでした。
全体としての感想は、やはり外交官の必須課題となっている後者の方が、語彙のレベルが英検よりもはるかに高く、英文も洗練されていました。面接内容が異なるのはいわずもがなで、私の場合は当時の中東情勢について話しました。
ふつうの感覚では、この2つの試験に合格していれば、英語についてはエキスパートです。実際、国連特A級には「プロフェッショナルレベル」という但し書きが付けられています。
ところが、これらの日本屈指のテストに合格しても、私にはとても気がかりになっている点がありました。それは、時事の話題について英語で話せ、サイエンス分野になるとネイティブに教えることさえあったにも関わらず、「ごく何気ない会話」がうまく出来ないということでした。
「今週末時間ある?」(Are you free this weekend?)とか、「How about a drink tonight?」(今日一杯どう?)など、ほぼ決まり文句と言えるような表現は使えるのですが、唐突に何か言われたり、話す内容がどんどんと変わったりすると、リアルタイムでスムーズに即応ができないということでした。
ここには、何か得体の知れない「巨大なギャップ」があったのです。
この点についてはいろいろと考えてみたのですが、結局、答を出せないまま10年近くもの月日が流れました。
コンパクトを追求する
そんなある日、ふと、日常会話を「コンパクト」にして学習してみたらどうだろうか、と思い至ったのです。大雑把に「日常会話」というと、あまりにもつかみどころがなく多種多様な情報が含まれています。そこで、例えば「映画」という限られた話題について、どのような会話が交わされるかを調べ、それをコンパクトにまとめることで、テンポよくスムーズな会話ができないだろうかと考えたわけです。
考えて見れば単純なことですね。複雑なことは、なるべく単純化して考える方が良いに決まっています。
このとき、もう1点、私が考えていた点は「文法」です。スピーチの場合ならともかく、ネイティブスピーカーと差しで戦う、いや話す場合には、文法を考えていては「会話の流れには絶対に乗れない」と経験上分かっていましたので、自分の教材では文法を一切使わないようにしようと思ったのです。
これには、理論的な根拠がありました。それが、当時まだ出始めで、PDPと言われていた脳の情報処理の考え方でした。PDPによると、文法はルールとして理解するべきものではなく、創発するもの、つまり自然なプロセスで体得されるものなのです(※)。
(※)現在良く耳にする「ディープラーニング」という言葉は、じつは多層からなるPDPのシステムのことです。今では第二言語習得学の分野でもコネクショニズムとして注目を集めています。
いずれにせよ、①「映画」という話題に絞る、②英文などをすべて短くシンプルにする、③文法を一切学ばない――という方針で、「ペラペラに話せる」ようになるか試してみようと考えたのです。
あと一点、工夫したのは、「マイクロ会話」という考え方でした。会話というと、普通はA→B→A→B→A→Bといったように長く続くものが多いのですが、単純化していくと最終的には、Aさんが何かを言って、Bさんがそれに答えるという「一対の会話」がたくさん集まったものだと考えることができます。つまり、「マイクロな会話」です。
つながっている会話は、覚えてもその通りの順序では出て来ませんが、「マイクロ会話」はレゴのブロックのように自在に組み合わせることができます。これが、自由な会話の流れ(つまり流暢さ)につながると考えたのです。
バイリンガルを探せ!
しかし、さて始めようとしたところで、いきなり問題に直面しました。それは、英語については、私も、そして周囲の人も、すでに文法を知っていて、会話も問題なく出来たということです。これでは、きちんとした実験ができません。
そこで、「未知の言語」に挑戦することにしました(※)。
(※)まったくもって無茶苦茶な結論ですが、論理的に考えるとこうなってしまったのです。
さあ、それからが大変。実は、この実験教材は、文法をゼロにする方法として、このコラムのテーマでもある、「日本語を活用する」つもりでいたのです。ですから、外国語と日本語を話せるバイリンガルの人がどうしても必要でした。
しかし、「文法を使わないのだから英語以外なら何語でもいいはずだ」と考え、方々に当たったところ、台湾の人でほぼパーフェクトな日本語を話せる方が見つかりました。そこで、その方と音声収録のアポを取っておき、大急ぎで原稿を作成しました。教材の基本的な設計については、私の中ですでに具体的なイメージがありましたので、大変な作業だったものの、なんとか原稿を期日までに仕上げ、音声の収録を行いました。
トレーニング開始!
こうして、ようやく「映画」について、中国語バージョンの教材ができました。そこで、私は早速アシスタントの方と練習を始めました。自分に試してうまく行くかどうか確かめようと考えたのです。
方法は単純で、少し工夫を加えた音声(※)を、日本語→中国語の順序で丁寧に聞き込み、つぶやくようにリピートするというものでした。音声の確認のためときどき、テキストもチェックしました。ある程度慣れると、日→中の通訳練習を行いました。これを続けているうちに、だんだんと会話がつながるようになっていきました。
(※)記憶に残りやすいように、わざとポーズをたくさん入れたスロー音声を用意しました。これを使ったリスニングを「超スローリスニング」と呼んでいます。
特筆すべき点として、私たちは中国語の文法を一切学びませんでした。もちろん、テキストにも一行の説明もありません。それでも相手の言う事が分かり、瞬時に応答できるようになっていきました。そして、さらに不思議な事に、練習を続けるうちに、文法的なルールが解説なしに分かるようになっていったのです。つまり、文法が創発的に習得されていったのです。これについては、脳の情報処理の性質から予測していたのですが、予測するのと実際に自分で体験するのとは大違いで、なんだか、言語習得の奥義に触れたような気がしました。
上で述べたような練習を毎日1か月半続けると、流暢といって良いレベルにまで会話ができるようになりました。
そこで早速成果を発表する会を開き、私はアシスタントと2人で、この教材で習得した中国語を披露することになりました。聴衆は、そのほとんどが理系の教員や研究員で、中には中国からの留学生もいました。かなり緊張しましたが、大変好評で、とくに発表を主催してくださった物理学の教授からは「これがサイエンスだ」という言葉をいただくことが出来ました。
中国語の先生をアタック!
ところが、私自身はそれだけではどうも納得できませんでした。なぜなら実際にネイティブと話したわけではなかったからです。そこで、たまたま、非常勤講師としてある大学に教えに出向いていたときに、中国語の先生らしき人を見かけたので、後を追いかけ話しかけたのです。それも、挨拶もせずにいきなり後ろから、「ニー・シー・ファン・チュウフ・ディェイン」(どんな映画が好きですか)とやったわけです。
彼女は少し驚いて振り返ると、「お上手ですね。どこで学ばれたのですか」と丁寧な日本語で聞いてこられました。そこで、私は「日本です」と答えました。ところがその瞬間、彼女の表情が変わり、すぐさま「どのぐらい勉強されたのですか」と聞いてこられました。私は、「1か月半です」と事実をそのまま伝えました。
その後どうなったかというと、私は彼女のオフィスに連れていかれ、30分ほど質問攻めに遭うことになりました。「私の学生たちは2年かけても四声(=イントネーションのこと)ができません。いったいどうしたら…」等々。
賞の獲得、そしてパワーアップ!
その後、私は話題の数を増やし、学習マニュアルも付けて、この方法に基づく英会話教材を作りました。その教材は、瞬く間にユーザーの間で評価を得、イードアワード賞というコンテストで1年目に留学体験者部門で最優秀賞をいただき、2年目には総合で優勝しました。私は、その後、それをさらにパワーアップしたものを制作し、「スピークエッセンス」という名称で発表しています。
いずれにしても、コンパクトでシンプルとはいえ、たった1か月半で1つの話題について「まったく未知の言語」で流暢に話せるようになったのには、考案した私自身も驚きました。それは、本当に不思議としか言えない体験で、異言語によるコミュニケーションの原点を感じました。今の私の夢は、この教材の「フランス語バージョン」を作って学ぶことです。やはり、フランス語はどこかお洒落ですから…。今回の話を通じて、少しでも英会話に関するヒントを得ていただければと思います。
英語に関する限り、私たちの能力は30%程度しか引き出されていません。これはとても残念なことです。このコラムでは、どうすれば残りの70%の能力を発揮できるかについて、日本語を活用するという手法を中心にさまざまな観点からお話ししていきます。
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