以下に同氏の論点をまとめました。

◆そもそも「英語オンリー」の学習法が注目を浴びたのは、一般的というよりは、むしろ特殊な事情によるものだ。これまで「英語オンリー」を唱えてきた英語教育界の重鎮たちは、15人ぐらいの少数クラスで、異なる国からきた学習者たちを教えた経験しかない。このような条件のクラスだと、一人ひとりの母語を使うことはできないので、「英語オンリー」で教えるしかない。そういった経験しかない人が、理論や技術について論文や書籍、さらにはテキストを書くと、当然ながら「英語オンリー」の内容となってしまう。

◆学会の発表などを見ても、母語が重要だという説を唱える人はほとんどいないが、ブリティッシュ・カウンシルが、英語教育の専門家が母語の使用をどう思うかについてインタビューを行ったところ、著名な研究者のすべてが「母語を使用することは有効だ」と答えている。それでも「英語オンリー」に流れる理由には、“世間の目”、そして商業的目的という点があるようだ。

◆実際に、教育現場の実態を調べるため、大規模な調査を行ったことがあった。この調査では、教室にマイクをセットし、先生に授業内容がすべて記録されると伝えて情報を収集した。ポイントは、録音の開始をマイクの設置から3週間後ぐらいにしたことで、そのぐらい時期がズレると、教員が録音のことを忘れるため、本当の授業の内容をとらえることができる。この調査の結果として、ほぼすべての教員が「英語オンリー」ではなく、母語を使って授業を行っていることが分かった。

◆どんな学習にも「基礎」というものが必要だが、英語学習の場合、これを英語だけでやろうとすると、非常に時間がかかる。例えば、文法の解説を行う場合、ごく基本なsubjectやverbといった項目であっても、すべて英語で教えようとすると大変だ。語彙についても、学習者がすでに母語を通じて知っているものを、英語と結び付ける、つまり翻訳によって勉強する方が効果的で効率的だ。

◆そもそも母語の使用を禁止しても意味が無い。なぜなら、学習者は頭の中では母語を使って考えるからだ。母語を話すことを禁じることは出来ても、頭の中で使用することまで禁じることはできない。とくに、初級レベルの学習者(=学習者の大半)の場合、英語で考えることができるとは思えない。

◆翻訳すると駄目だというが、翻訳することによって気づきを得ることも多い。特に文化的な違いを理解するには翻訳が役立つ。

(※)私は、この方のいろいろな動画を見て、このまとめを書きました。口述内容を書き取ってまとめたのではないので、内容に多少の齟齬があるかもしれません。この点、ご理解下さい。

「英語オンリー」は危険

 さて、たまたまなのですが、ちょうどこの方の動画を見たあとに、アメリカの大学院に3年留学して英語を身に付けた英語教員の人と話す機会があり、この話題を振ってみましたが、彼女も「英語オンリー」は危険だという意見でした。

 彼女が言うには、もし「英語オンリー」で英語を学ぶとしたら絶対に「英語オンリー」でないといけない。つまり教室で毎日4時間程度「英語オンリー」の授業を受けるのに加えて、教室の外でも、そして実生活でも、すべて英語で通さないと効果は期待できない、「中途半端な英語オンリー」ではしっかりとした英語力を身に付けることはできない、というのです。彼女は、日本人留学生との関わりをすべて捨て(留学ではこれが難しい)、ゼロから文字通り身をはって英語を体得した人なので、その話には説得力がありました。

 彼女が1つ面白いことを言ったのは、「英語オンリー」という人には、例えば、ぜひ一度「スワヒリ語オンリー」の授業を想像して見て欲しいということでした。これは、面白い発想で、どうのこうのといっても、英語というのは私たちにとって身近な言葉なため、心のどこかで「英語オンリー」でもいけるのでは? と思ってしまうわけですが、「スワヒリ語オンリー」と言われると、これがかなり無謀な試みだということが直感的に分かります。