文法は必要か不要か。これは、100年以上にわたって繰り返されてきた議論です。面白いことに、歴史を見ると、この議論は何度も両サイドの間を行き来しています。しかし21世紀に入った今、その長年の議論も、ついに決着が付きつつあるように思います。

 結論を先に言うと、今後は「最小限の文法」という発想になっていくと思います。

 なぜでしょうか? やはり大きな理由は、文部科学省が4技能を目指すという方針を明確に打ち出したことでしょう。読む、聴く、書くまでは文法ルールを無理やり適用しても何とかクリアーできますが、話すについては、指導方法の根本的な転換が必要になります。

 なぜかというと、「話す」となると、当たり前ですがどうしても英語を口に出して言う訓練が必要になるからです。「言葉を口に出す」なんて当たり前だと思う人もいるでしょうが、読む、聴く、書くまでは、英語をわざわざ口に出さなくても身に付けることが出来ます。その、いわば「隠れ蓑」に隠れて、音読もせずに英語を指導してきたというのが、日本の多くの英語教育の実態だったのです。

 ところが、「話す」という要素が加えられると、これはもう口に出すしかなくなります。黙っていては話せるようになるはずがないからです。しかも、言葉は口に出すと学習効果が全体的に上がります。ですから、この一手の持つ意味合いはとても大きいと言えます。

 もう1点「話す」という要素を入れると変わることがあります。それは、文法の知識は役立つどころか邪魔になることが多いということが、実感として分かるようになるのです。

 文法についてもたくさん学んだが、いざ話そうとすると一言も言えない……。そういう体験はだれにでもあるはずです。これは、ルールを学び、ルールを使えるようにすると、言葉は使えるようになるというこれまでの考え方(要素還元論)には、じつは致命的な欠陥があるからです。

 その欠陥とは、この考え方で言語を操ろうとすると、膨大な計算が必要になり、頭がフリーズするということです。書く場合であると、時間が取れますので、一つひとつ頭の中でルールを確認してチェックすることが可能ですが、「話す」となるとリアルタイムでの処理が必要ですので、その問題点が露わになるわけです。

スピーチと英会話は別

 ところで、一つ知っておくとためになるのは、スピーチと英会話は別のものだという点です。どこが違うかというと、前者では相手とやり取りする必要がなく、自分のペースで話せますが、後者では相手がいるため、情報のやり取りが著しく複雑になります。

 これも実感している人がたくさんいるはずです。営業の決まり文句的な英語は比較的スムーズに話せるのに、一緒に飲みに行くと途端に巨大な壁にぶち当たる。これが、スピーチと会話の違いです。ちなみに、今英語教育界で話題になっているCEFR(ヨーロッパ言語共通参照枠)においても、この二つははっきりと区別されています(※)

(※)私の英会話教材においても、この違いを踏まえた作り込みがなされています。