仕事柄これまで様々な学習方法について調べてきましたが、この数年、英語教育の質がとても向上してきたと感じます。もちろん、それはまだ限定的で、広く普及しているわけではありませんが、最前線では間違いなく効果のある手法が実践されています。

 具体例として、最近私が驚いたのは、知り合いに誘われて参観したある中学の英語の授業でした。そのクラスは3年生のディスカッションのクラスでしたが、生徒たちは本当に「ディスカッション」と呼ぶにふさわしい流暢さと積極性で、英語でコミュニケートしていました。使用している英文はそれほど複雑ではありませんでしたが、英語で活発に意見を述べたり話したりしていること自体が、これまでの中学の英語教育では想像すらできないレベルでした。

 中でも私が驚いたのは、生徒の中に、might(もしかすると~かも知れない、may よりも確信度が低い)やIf I were・・(仮定法過去)など、現行カリキュラムでは完全に高校内容で、かつ日本人にはまず使えない表現を、正確に使いこなす生徒がいたことです。これは、これまでのように文法演習をチマチマとやっていては絶対に不可能で、内容や意味に焦点をおいたかなりダイナミックな訓練を行っていることが伺えました。

 そもそも、仮定法と呼ばれるものは、ほぼ完全に中学英語の知識で理解し、使うことが可能です。なぜなら、mightはmayの過去形に過ぎず、wereも中学で習うからです。さらに言えば、wouldはwillの過去形に過ぎず、would have doneは単にwouldと完了形の組み合わせに過ぎません。

 仮定法がややこしくなるのは、一つには「仮定法過去」とか「事実の反対」とかいった余計な説明をしつこく行って演習するためと、もう一つは必ずIfから始まる文を使って演習を行うからです。仮定法の本質は、そんなところにはありません。重要なのは、過去形に「これは私の想像ですが・・・」という意味があるという点です。ここをしっかりと押さえると、生徒はすんなりと深く理解してくれます(※)

(※)手前ミソで恐縮ですが、私の場合だと大体15~20分程度でこの点をカバーし、Ifを使った文章の説明までを行って、生徒から「分かりやすかった」という感想を引き出すことが出来ます。

 話を戻すと、私は彼らの使用する語彙にも大いに驚かされました、「dispute」などという、大人も知らないような語彙を適切な文脈の中で使っていたからです。

 また、特筆すべき点として、彼らはいわゆる帰国子女ではありません。なぜ分かったかというと、発音がうまくなかったからです。また、この中学校は公立中学で、私立中学ではありませんでした。

 さて、このように彼らの発話力は別次元、最先端といっていいレベルだったわけですが、彼らが、広く様々な話題について同じような流暢さで話せるかというと、それは無理だと思います。言葉の情報というのは膨大だからです。また、日常会話もそれほど流暢にはできないと思います。これも、実際に使用するという経験を多数重ねないとなかなか身に付かないからです。

 しかし、たとえ限られた話題についてであっても、高度な文法・語彙を使って積極的に英語で話す能力を身に付けることができるとすると、それが強力な起爆剤となって、発話力がどんどんと広がることは容易に想像できます。