以上に加えて、収益性や国際競争力に影響を与える重要な要因の1つとして、競争環境について付言しておきたい。

サービス業の競争環境

 「わが国サービス業の生産性が低いのは、日本人がサービスはタダだと思っており、質のよいサービスに見合った価格を払わないからだ」と主張されることがある。一見もっともらしいが、この議論には2つの問題がある。第1に、生産性は原則として物的・技術的な生産効率を表すものなので、その説明に価格を持ち出すのは的外れである(*4)

*4 「サービス価格が安過ぎるので生産性が低い」という主張は、労働生産性の分子が付加価値額であることに惑わされている。生産性の計算に使用されるのは「実質」付加価値であり、名目付加価値を産出物価格で除したものである。サービス価格が低いと確かに付加価値額は小さくなるが、それをサービス価格で除しているため、価格の影響はオフセットされる。

 第2に、この主張はサービス価格の低さを需要側に帰しているが、供給側の競争環境に起因する面が大きい可能性がある。

 わが国サービス業の市場集中度は低く、競争が厳しい(*5)。筆者の経験や観察に照らしても、小売業、クリーニング店、宅配業、引っ越し業など、激しい競争にさらされているサービス業種が多いことがよく分かる。産出物の市場が競争的であれば、その価格は低く抑えられ、収益性が低下するとともに国際競争力が高まる(図5の領域D)。

*5 深尾ほか(2021)の図10-24参照。

 もしわが国サービス業の収益性がこの理由で低いとしたら、それは政策的な対処が必要な問題だろうか。競争圧力の下で日々戦っているサービス業者の方々にはお気の毒だが、独占的・寡占的な市場に政府が介入することはあっても、競争的過ぎるという理由で介入することは考えられない。

 わが国サービス業が競争的であることは、国民の経済厚生上望ましいのである(*6)。この点、国内価格の低さがプラスに評価される国際競争力概念は、経済厚生に合致した基準となっている。

*6 宅配業の競争の結果、従業員の負担が労働基準法に著しく反する水準に達していたことが、しばらく前に大きく報じられた。このような場合には、当然ながら政府の介入が必要である。しかしこの例でも、問題なのは競争自体ではなく、ルールにのっとった競争に反した企業行動である。

どの基準が正しいのか?

 以上の整理から、生産性の意味と限界が明らかになる。生産効率の改善は、収益性、国際競争力いずれの観点から見ても望ましい。しかし生産性は、企業の価値(収益性)や財・サービスの供給者としてのパフォーマンス(国際競争力)に影響を与える、様々な要因の1つにすぎない。日本経済の成長や活力を高めることが最終的な目的だとすれば、領域A~D全体を見渡して、何ができるか、何をすべきかを考える必要があろう。

結論として

 本稿で筆者が展開した議論は、以下のように要約できる。

(1)わが国サービス業の生産性は米国に比べ著しく低いとされているが、その根拠として労働生産性が用いられている場合は、真の生産性(生産過程の効率性)が捉えられているとは言い難い。

(2)生産効率の正しい尺度であるTFPを使った場合、サービス業の低生産性の程度はかなり軽減される。これにサービスの質の差を加味すれば、国際的な格差はさらに縮小すると見込まれる。しかしそれでも、「わが国サービス業は国際的にむしろ優れている」という結論には行きつきそうにない。

(3)わが国サービス業の生産性が低いという論調からは、わが国サービス業者が他国と比べて技術的に劣っていたり、十分な競争が行われていなかったり、経営者・従業員の努力や能力が不足している、その結果として国際的に通用しない業界になっている、という印象を受ける。しかし、米国で長く暮らした筆者の経験に照らすと、わが国の方が優れていると感じられるサービス業種が多く、劣後性が目につく業種は数少ない。 

(4)このような筆者の実感の背景にあるのは、生産性とは異なる評価基準である。「よりよいものをより安く」という、供給者としての産業・企業のパフォーマンスに焦点を当てると、わが国サービス業の評価は全く違ったものになる。

(5)この評価基準は、国際比較の文脈では「国際競争力」に相当する。わが国製造業の国際競争力が低下して久しいが、サービス業の(潜在)国際競争力は総じていまだ高い。

(6)企業・産業の評価基準として様々なものが考えられるなか、生産性の大小に的を絞り過ぎると評価に偏りが生じ、政策の方向性を誤ることが懸念される。

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