
筆者が国際通貨基金(IMF)に勤務していた頃、定年退職する職員の送別パーティーがあった。彼女が母国オーストラリアに戻ると聞いて、「国に帰ったらアメリカを恋しく思いそうなことはありますか?」と聞いてみた。返ってきたのは、12年にわたるIMF在職中、最も驚愕(きょうがく)させられた言葉だった。なんと彼女は、「アメリカのサービスを恋しく思うだろう」と答えたのである。
オーストラリアは何度も訪れているが、サービスが悪いという印象を受けたことはない。しかし、仕事で行くのと住むのでは、接するサービスの範囲や性格がかなり違うだろう。オーストラリア在住経験のある方は、彼の地のサービスをどう評価されるだろうか。
米国生活から得た筆者の印象は、米国のサービスは「まあまあ」か「悪い」のどちらかである。 日本のサービスを知るものとして、米国を高く評価できる分野は少ない。それだけに、彼女の答えを皮肉か冗談だと思ったほどである。しかし、生産性研究の専門家の間では、わが国サービス業の評価は著しく低い。それを見て「何か変だ」と感じたのが、筆者がわが国の「低生産性問題」に興味を持ったきっかけである。わが国のサービス業は、本当に諸外国に劣後しているのだろうか。
生産性の国際比較
滝澤(2016、文末の参考文献参照)は、わが国の労働生産性を産業別に米国と比較し、製造業で約7割、サービス業で約5割と推計している(図4)(*1)。サービス業の中では、特に卸・小売り、飲食・宿泊で生産性の相対的な低さが顕著であり、なんと米国の4割以下である。これはいかにも嘆かわしい、一体何が問題なのかと感じざるを得ない。ただし滝澤(2016)による研究は、これまでその問題点を指摘してきた労働生産性指標に依拠しているため、額面通り受け取ることはできない。
これに対してJorgenson, Nomura, and Samuels (2015)は、生産性の指標として全要素生産性(TFP)を用いて、産業別の日米比較をしている。その結果、以下の点が示されている。
- わが国のTFPは1955年以降急速な改善を遂げ、90年ごろには米国と僅差の水準に到達した。しかしその後は横ばいとなり、緩やかな改善を続けた米国との差が広がっている。
- 産業別に見ると、製造業のTFP格差は80年ごろまでにほぼ解消し、その後もおおむねゼロ近傍を推移している。従って、80年代以降の日米のTFP格差は、主として非製造業によるものである。
- 産業を更に細かく分けてTFPの水準(2005年についての推計値)を見ると、サービス業の中では電気・ガス、卸・小売り、運輸、金融といった業種で相対的に大きな差が見られ、これは滝澤推計とおおむね整合的である。
- ただしいずれのサービス業種についても、格差の程度は滝澤推計よりかなり小さい。米国を100として、例えば卸・小売りは67(滝澤推計では38.4)、金融は79(同48.0)と推計されている。
このように、生産性指標として望ましいTFPを使っても、わが国サービス業の相対的劣位は覆らない。しかし、これで話が終わるわけではない。サービス業を国際比較する際には、提供されるサービスの質をどう取り扱うかという重要な問題に注意を払う必要がある。
サービスの質の違い
サービス業の生産性計測には幾つかの大きな問題があり(*2)、その1つは産出量を測る際の品質調整である。この問題は、冒頭に掲げた日・米・豪の例のように、国をまたぐ比較の際に特に重要だと考えられる(*3)。
*3 質の差は財についても存在する。しかし、財の場合は貿易を通じて質の差が価格に反映されるメカニズムが存在するため、国際比較に当たって質調整をする必要性は乏しい(この点については以下で更に説明する)。
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