「お客様第一主義」「顧客目線」など、顧客のニーズや感覚を大切にする趣旨の言葉を多くの企業が経営の目標に掲げている。だが、そうした企業はビジネスの結果を左右する顧客の心を見ているのだろうか? 顧客行動の結果でしかない売り上げや利益など財務諸表しか見えていないのでは——。そう問いかける西口一希氏は、P&Gで「パンパース」や「パンテーン」などのブランドを手掛けた後、ロート製薬やロクシタンジャポン、スマートニュースの事業を成長させてきた。さらに、その経験を生かしてM-Forceを共同創業し、多くの企業を支援している。西口氏による本連載では、マーケットを構成する顧客の全体の姿を可視化・定量化し、動態で捉えて事業成長に直結させる「顧客起点の経営」をひもといていく。

 前回に引き続き、顧客起点のフレームワークを使って、古典の経営理論の経営への実装を考える。今回はポーターを取り上げ、その戦略論をひもといていく。

(写真:Newscom/アフロ)
(写真:Newscom/アフロ)

日本の電化製品が衰退した理由

 マイケル・ポーターは、経営戦略論の古典として知られる『競争の戦略』の著者であり、競争戦略を定義し、「バリューチェーン」や「ファイブフォース分析」などの多くの競争戦略手法を提唱しています。ピーター・ドラッカー同様に、経営現場でその手法などが活用されています。今回は、「競争戦略」の基本定義と、「バリューチェーン」に関して経営実務にどう実装できるかを解説します。

 はじめに、日本の電化製品が近年なぜ外資系メーカーの製品に押されてしまったのか、ポーターの理論と顧客戦略(WHO&WHAT)を通してひもといてみます。1980年代、日本の電化製品はその基本性能の高さと低価格で、世界を席巻しました。その後、世界に誇る品質と低価格を実現する製造力で、各メーカーが機能開発にしのぎを削りましたが、90年代から2000年代にかけて、その勢力はどんどん衰えていきます。代わりに中国や韓国のメーカーが世界で台頭するようになり、シンプルな機能と低価格な製品を提案することで日本市場でも支持を集めていきました。

 為替の問題や政府の産業支援などの環境も影響しましたが、日本のメーカーが、低価格競争を避けるべく機能追加で差別化しようとしていたことは事実です。では、なぜそれが奏功しなかったのか。答えのひとつは、その差別化が顧客の望むものではなかったこと。もうひとつは、そもそもポーターが提唱する「差別化」を誤って解釈していたことだと考えています。

 競合に対して何らかの機能の差や新機能をつけたとしても、顧客がそれに価値を見いださなければ、競争優位性は成立しません。ポーターの理論「差別化戦略」では、「競争優位を獲得できる区別」を差別化と称しているのですが、「優位」が顧客の判断するものであると理解しないまま、顧客にとっての価値になっていないものも差別化と扱われてきました。

 どの顧客に(WHO)何が(WHAT)受け入れられ、価値を見いだされるのか、顧客戦略を見定めずに機能開発に投資すると、バリューチェーン内に発生する開発コストがネックになります。プロダクトの価格で吸収しようとしても、顧客にとって付加価値になっていないので、高価格で売れるわけはありません。結果、海外の競合が、ますますコスト構造上の優位性を獲得する、つまりコストリーダーシップ戦略を取りやすくなる状況が生まれ、日本の電化製品はどちらにも戦略ポジションを築くことができず、バリューチェーンも最適化できないまま衰退してしまいました。

 ポーターの言う「差別化戦略」「コストリーダーシップ戦略」は、事業にとっての単純な選択肢ではありません。顧客に対して価値を提供する顧客戦略が成立するかどうかが選択の起点になっており、それを支えるバリューチェーン構築やその変化の考察と合わせて判断しなければならないのです。

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 次の言葉は、近年のポーターのインタビューからです。これらの言葉からも、顧客が誰なのか、そして何が求められているのかを見極めて、独自の価値を提供していくべきだという考えが根底にあることが分かります。

「戦略の本質は、独自の道を生み出すことにあります」
「戦略の目的は、あらゆる顧客を幸せにすることではありません。戦略を立てるからには、対象とする顧客とニーズを定めなくてはならない」

(出典:『〔エッセンシャル版〕マイケル・ポーターの競争戦略』(2012年)巻末インタビューより)

続きを読む 2/4 コストリーダーシップ戦略における3つの選択肢

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この記事はシリーズ「「顧客起点の経営改革」~経営に「顧客」を取り戻す」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。