「お客様第一主義」「顧客目線」など、顧客のニーズや感覚を大切にする趣旨の言葉を多くの企業が経営の目標に掲げている。だが、そうした企業はビジネスの結果を左右する顧客の心を見ているのだろうか? 顧客行動の結果でしかない売り上げや利益など財務諸表しか見えていないのでは——。そう問いかける西口一希氏は、P&Gで「パンパース」や「パンテーン」などのブランドを手掛けた後、ロート製薬やロクシタンジャポン、スマートニュースの事業を成長させてきた。さらに、その経験を生かしてM-Forceを共同創業し、多くの企業を支援している。西口氏による本連載では、マーケットを構成する顧客の全体の姿を可視化・定量化し、動態で捉えて事業成長に直結させる「顧客起点の経営」をひもといていく。

 今回と次回は、顧客起点のフレームワークを使って、古典の経営理論の経営への実装を読み解いていく。今回はドラッカーを取り上げる。

(写真:Claremont Graduate University/AP/アフロ)
(写真:Claremont Graduate University/AP/アフロ)

氷点下の地域における冷蔵庫の「価値」とは?

 ここまでの連載で、「顧客起点の経営改革」「顧客動態(カスタマーダイナミクス)」そして「顧客戦略(WHO&WHAT)」の主に3つのフレームワークを紹介しました。併せて「5segs」および「9segs」、また「アイデア四象限」も解説してきました。これらのフレームワークは、BtoC、BtoB、あるいは営利活動か非営利活動かを問わず、顧客という相手がいる全ての活動で活用できると確信しています。

 今回と次回ではこれらのフレームワークを使って、ピーター・ドラッカーやマイケル・ポーターが提唱してきた代表的なビジネス思想や戦略フレームワークの、経営への実装を試みます。

 ピーター・ドラッカーやマイケル・ポーターは、世界的に多くの経営者に影響を与え、今も与え続けています。ですがその思想や概念は多くの共感を呼びながらも、実際の経営に実装できない、理想論過ぎる、実行が困難であるとの批判もあります。

 筆者自身は、経営学、経済学のような学術的な探究を目指しているわけではありません。「実務で実績を上げるために活用可能か」という視点で、これまで様々な理論や概念の活用を試みてきました。

 その中でも、ドラッカーが主張した顧客と企業の関係、ポーターの戦略定義とバリューチェーンに関しては、どのような業種にも普遍的に活用可能であり、経営層と実務現場層が共有できると確信するに至りました。一方で、分析手法として有名なポーターのファイブフォースは活用が難しく、実務での活用は行っていません。全ての理論や概念をお勧めするわけではないことを、はじめに付記しておきます。

 さて、今回はドラッカーの思想に注目します。まずひとつ、昔からある例え話で「1年を通して氷点下の地域で暮らす方に冷蔵庫を販売する話」を紹介します。これを通して、ドラッカーが著書『創造する経営者』の中で記している、「メーカーが合理的と考えるものを押し付けようとするならば、必ず顧客を失う」という言葉を考えてみます。

 冷蔵庫は、食材が腐らないように低温に保って長く保存する「保冷」が主便益として開発され、販売されています。しかしこの氷点下地域で暮らす方にとっては、食材が凍り付かないようにして、すぐに調理できる、もしくはすぐに口にできる「保温」が主便益です。

 つまり、この地域で暮らす顧客の買う「価値」とは、企業が意図した冷蔵庫の価値ではありません。ですが、とあるセールスパーソンは顧客を起点にこの状況を捉え、保冷ではなく保温を便益として打ち出し、多くの台数を売り上げることに成功したそうです。ここには、この地域で暮らす顧客に価値をもたらす「顧客戦略(WHO&WHAT)」が成立しています。

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 「メーカーが合理的と考えるものを押し付けると顧客を失う」との言葉が意図するところを、冷蔵庫の話の文脈で考えると、その意味はより明確です。顧客を一緒くたに捉え、個々の潜在的なニーズを無視して、企業が一方的に考える便益をただ提示するにとどまっていないか、常に振り返る必要があるわけです。しかし、実際の経営現場で、このような問題は決して珍しくはありません。

「顧客の創造」を、具体的に実践するには

 ピーター・ドラッカーは、「現代経営学」あるいは「マネジメント」(management)の発明者として知られ、著書の売り上げは日本のダイヤモンド社だけで累計400万部を超えているそうです。世界中で多くの経営者に影響を与えた経営学者であり、その思想や概念は現在も、多くの経営者に影響を与えています。

 数々の名言から、企業経営に関する主要な思想と概念をフレームワークを使いながら解説していきます。

1.
「企業の目的は、それぞれ企業の外にある。企業は社会の機関であり、目的は社会にある。したがって、事業の目的として有効な定義は一つしかない。顧客の創造である」

(出典:『現代の経営』 P.F.ドラッカー)

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