「お客様第一主義」「顧客目線」など、顧客のニーズや感覚を大切にする趣旨の言葉を多くの企業が経営の目標に掲げている。だが、そうした企業はビジネスの結果を左右する顧客の心を見ているのだろうか? 顧客行動の結果でしかない売り上げや利益など財務諸表しか見えていないのでは——。そう問いかける西口一希氏は、P&Gで「パンパース」や「パンテーン」などのブランドを手掛けた後、ロート製薬やロクシタンジャポン、スマートニュースの事業を成長させてきた。さらに、その経験を生かしてM-Forceを共同創業し、多くの企業を支援している。西口氏による本連載では、マーケットを構成する顧客の全体の姿を可視化・定量化し、動態で捉えて事業成長に直結させる「顧客起点の経営」をひもといていく。

 今回は、メディア事業にて顧客起点の事業運営を実践する、サイバーエージェントの小池政秀専務執行役員をゲストに迎え、西口氏との対談をお届けする。“新しい未来のテレビ”をうたうABEMAでは、顧客起点の考え方がどのように実践へ落とし込まれているのだろうか。

(写真=北山宏一、以下同)
(写真=北山宏一、以下同)

サイバーエージェントにおけるメディア事業

西口一希氏(以下、西口氏):7月末、サイバーエージェントの第3四半期の決算発表がありました。連結売上高が前年比70.3%増、営業利益は5.4倍と、過去最高益を上げていますね。

小池政秀氏(以下、小池氏):当社には大きく広告事業、ゲーム事業、そしてメディア事業の3本の柱があります。今年前半は、2月にリリースしたゲーム『ウマ娘 プリティダービー』が過去一番のヒットになったことと、広告事業も堅調に伸びて過去最高を更新したことが全社をけん引しました。広告とゲームという基盤に加えて、「ABEMA」を筆頭とするメディア事業がありますが、在宅時間が増えた流れもあって、売上高48.7%増と好調です。

西口氏:ABEMAはちょうど開局5周年の節目ですね。最近の視聴者の変化や、それに伴う戦略の変化などをうかがえますか?

小池氏:現在6800万ダウンロード、WAU(Weekly Active User)は約1500万規模 となっており、いずれも右肩上がりの状態が続いています。特にこの1年は、テレビデバイスでの視聴が伸びています。時代によって、視聴するデバイスはスマホ中心からタブレットへ、さらにテレビへと拡大していますが、視聴数が伸びていることは、ABEMAのニーズ自体は増しているのだと感じています。

 ただ、我々の姿勢について開局当初から変化があるかというと、ユーザーが求めるものを探りながらコンテンツを設計してきた点は変わっていません。もともと掲げているのは「テレビの“再発明”」というコンセプトです。電源をオンにしたら編成された番組が放送されていて、何となくチャンネルを回して見るような、受動的な視聴体験をインターネット上につくろうとしてきました。

 我々の方針として、やはり地上波は年齢層が比較的高めの世代にフォーカスされがちなので、チャンスポイントである、世の中に足りていない若い世代向けのコンテンツにまずは注力していこう、と。そこから、若者を主役に据えた恋愛番組やドラマに力を入れ、それが少しずつ世の中に浸透してファンの厚みが出てきたのがここ最近の動きだと捉えています。

サイバーエージェント 専務執行役員/AbemaTV 取締役 小池政秀氏
サイバーエージェント 専務執行役員/AbemaTV 取締役 小池政秀氏

「体験」としてコンテンツ視聴を提供している

西口氏:若い世代がよく利用する動画サービスというと、YouTubeやNetflixなどもありますが、ABEMAの独自性というと何になりますか?

小池氏:まず、サービスモデルに特徴があります。24時間リニアで完全編成している「テレビ」と、自分の都合で視聴できる「オンデマンド(ビデオ)」が一体型になっています。「テレビ」は完全無料、「オンデマンド」はキャッチアップが無料で、過去分や特別番組は有料プランの「ABEMAプレミアム」というモデルになってます。テレビにはコメント機能があるので、リアルタイムで一緒に見ながら盛り上がることも含めた「体験の楽しさ」を提供していると考えています。

 その上でコンテンツは、他の動画サービスにないものを探すのではなく、ターゲットからかなり絞り込んで制作しているのが特徴です。結果的に似ているものはあると思いますが、我々はもともとユーザーの声を非常に重視しており、そのニーズを踏まえて番組の企画からキャスティング、構成などを練り上げていく。そうしたつくり方は、他の動画サービスやテレビ局では、あまりされていないだろうと思います。

 それを根幹に据えた上で、複数のオリジナルニュース番組、そして将棋やマージャン、格闘技、Hip hop、サーフィンといった地上波で深掘りするにはニッチな領域を押さえています。熱狂的なファンがいるので、ABEMAの各チャンネルで放送されている番組には深夜も早朝もコメントが投稿されています。

西口氏:ABEMAはテレビ朝日と協業しています。ニュース番組だけでなく、ニッチな領域の番組の企画にも、考え方に影響を受けている部分はありますか?

小池氏:そうですね、例えばテレビ朝日さんは「世界水泳」を放映し始めた局なんですね。僕は子どものころからずっと水泳をやっていたのですが、野球部やサッカー部が花形としてもてはやされるのに比べると、水泳は相当マイナーな競技だったと感じていました。それが「2001世界水泳福岡」の中継を皮切りに、選手の世界での活躍も相まって、一気にメジャースポーツになっていきました。今、テレビで放映される多くの大会で、水面上に‟世界記録のスピード”を示すラインが表示されますよね。あれは、水泳に明るくない視聴者の方々でも、より楽しめるためのテレビ朝日さんのアイデアだと思うのですが、ああいったことを通して競技自体を世の中でメジャーにしていったのは、本当にすごいと思っています。

西口氏:そうなんですね!

小池氏:熱狂的なファンがいるということは、コンテンツ自体に魅力があり、それをちゃんと理解して享受したいと思うコアな人はいるわけですよね。でも、そのコンテンツに触れる人の裾野が少し広がると、その分野に詳しくない人には分かりづらい部分も出てくるので、そうした視聴者には新たな仕組みでその部分を補完する。そして一気にメジャーになっていく。そんな「視聴体験の開発」を、今ABEMAの制作現場のメンバー一人ひとりが、それぞれのジャンルで意識して取り組んでいます。

M-Force 共同創業者/Strategy Partners 代表 西口一希氏
M-Force 共同創業者/Strategy Partners 代表 西口一希氏
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