「お客様第一主義」「顧客目線」など、顧客のニーズや感覚を大切にする趣旨の言葉を多くの企業が経営の目標に掲げている。だが、そうした企業はビジネスの結果を左右する顧客の心を見ているのだろうか? 顧客行動の結果でしかない売り上げや利益など財務諸表しか見えていないのでは──。そう問いかける西口一希氏は、P&Gで「パンパース」や「パンテーン」などのブランドを担当した後、ロート製薬やロクシタンジャポン、スマートニュースの事業を成長させてきた。さらに、その経験を生かしてM-Forceを共同創業し、多くの企業を支援している。西口氏による本連載では、マーケットを構成する顧客の全体の姿を可視化・定量化し、動態で捉えて事業成長に直結させる「顧客起点の経営」をひもといていく。
前回は、顧客戦略の立案に欠かせない「N1」の見極めと、複数の顧客戦略について解説した。
今回は複数の「顧客戦略(WHO&WHAT)」の事例として、発売から今に至る米アップルのスマートフォン「iPhone」の戦略を読み解く。
顧客戦略で読み解くiPhoneの変遷
複数の「顧客戦略(WHO&WHAT)」の例として、誕生からわずか14年、今や世界的なプロダクトとなった米アップルのスマートフォン「iPhone」を解説してみたいと思います。アップルは秘密主義を貫いており、将来的な計画などはほとんど公開せず、新商品や新事業は公式発表会でしか明かされていません。ただ、歴史をひもとくことで、どんな目的で、どんな戦略を展開してきたかを推察することができます。
アップルが、顧客戦略(WHO&WHAT)という言葉を使っていたとは思いませんが、ここまでの変遷を見れば、決して単一の顧客戦略を想定していたわけではないと理解できます。iPhoneというプロダクトの導入と育成に関して、当初から複数のターゲット顧客層と便益・独自性との組み合わせ戦略を土台に、商品開発、機能開発、アップグレード、ラインアップの拡張を行ってきたことは明らかです。それは、この業界にありがちな、総花的な機能提案型の単純なプロダクトアウトではありません。
iPhoneを世界的なプロダクトに押し上げ、スマートフォンで世界を変えた戦略の起点は、2007年1月9日の「Macworld」でのスティーブ・ジョブズのプレゼンテーションの中に見ることができます。ジョブズは、携帯音楽プレーヤーのiPod、電話、インターネットが一緒になった「電話の再発明」としてiPhoneを紹介しました。インターネットの機能として紹介されたのは、メール機能、Googleマップ(ただしGPS機能はなし)、天気予報程度で、この時点では「電話とiPodの音楽再生が一緒になった」ことがジョブズの主たる訴求でした。
そしてプレゼンテーション後半で、iPhoneの販売目標として「携帯電話の2006年時点での世界販売台数9億5700万台の1%にあたる、1000万台を2008年に販売する」と発表しています。実際に宣言通り、iPhoneは2007年に330万台、2008年に1141万台を販売し、目標を達成しています。これ自体すごいことなのですが、振り返ると発表スライドの1枚目にある比較表に、当時ジョブズが見ていた顧客とiPhone開発の関係(WHO&WHAT)が見て取れます。
このスライドには、2006年の世界販売台数として携帯電話の9億5700万台と同時に、ゲーム機2600万台、デジタルカメラ9400万台、MP3プレーヤー1億3500万台、PC2億900万台と記載されており、ジョブズは「携帯電話は圧倒的に多いから成長余地がある」としています。この直後に、Apple Computer, Inc. という社名からComputerを外し、Apple, Inc.となる社名変更の発表が続きます。
2020年に20億台以上販売するまで成長したiPhoneの機能投入、新商品、新サービスの歴史を振り返れば、2007年の時点で、このスライドにある全てのカテゴリーを視野に入れて、それぞれのニーズに対するiPhone機能開発の顧客戦略が存在していたことが分かります。

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