「お客様第一主義」「顧客目線」など、顧客のニーズや感覚を大切にする趣旨の言葉を多くの企業が経営の目標に掲げている。だが、そうした企業はビジネスの結果を左右する顧客の心を見ているのだろうか? 顧客行動の結果でしかない売り上げや利益など財務諸表しか見えていないのでは——。そう問いかける西口一希氏は、P&Gで「パンパース」や「パンテーン」などのブランドを担当した後、ロート製薬やロクシタンジャポン、スマートニュースの事業を成長させてきた。さらに、その経験を生かしてM-Forceを共同創業し、多くの企業を支援している。西口氏による本連載では、マーケットを構成する顧客の全体の姿を可視化・定量化し、動態で捉えて事業成長に直結させる「顧客起点の経営」をひもといていく。
今回は、西口氏が実際に手掛けたロート製薬での事例から、顧客戦略の立案に欠かせない「N1」の見極めと、複数の顧客戦略について解説する。

化粧水「肌ラボ」における「N1」の心理把握
前回は、「誰に」「何を」提供するのかの組み合わせが重要だと述べました。「誰」は顧客(WHO)であり、「何」はプロダクトの便益と独自性(WHAT)です。同じ便益や独自性でも、顧客によって、それらに「価値」を見いだすかどうかは変わります。価値が成立し、購入していただける関係性を構築するのが「顧客戦略(WHO&WHAT)」だと解説しました。
どの顧客戦略が有効か、その確実性をどう見積もるかは、第6回で説明した9segsからセグメントを絞った上で、特定の一人の心理と行動を深く掘り下げる「N1」の理解から見いだすことができます。今回は、N1の重要性に関して、ロート製薬の化粧水「肌ラボ」の事例からご紹介します。書籍などで既出の事例で恐縮ですが、分かりやすい事例として、取り上げます。
N1とは、サンプル数を表す「n=1」に由来していますが、統計学的な意味合いはありません。「1対1」と「1対マス」で前述した通り、どんなに優れたプロダクトでも、その対象顧客を十把ひとからげに「マス」と捉えて認知獲得や購買促進の施策を計画しても、ほとんどうまくいきません。なぜなら、ここまで繰り返し述べてきたように、全ての顧客動態は一人ひとりの心理変化の結果の集合だからです。
BtoC、BtoBにかかわらず、投資対効果を高め収益性を引き上げる第一歩は、マスではなくN1を捉えることなのです。一人ひとり、名前のある実在の人物を観察したり、対面でしっかりインタビューをしたりすることで、何に心を動かされて認知や購買につながっているのかをつかめます。
私が過去にロート製薬で担当した化粧水「『肌ラボ』極潤」は、一人の顧客の「支持の理由」をアイデア化し、顧客戦略に落とし込むことで、大きく売り上げを伸ばしました。マーケティング部、商品開発部と広告制作部の共同で、実際の顧客を招いてインタビューをした際、ある顧客・Aさんが「ベタつきと安さがいい」と話しました。ヒアルロン酸を高配合した同商品は粘性があり、これまでの顧客アンケートなどではそれにネガティブな意見もあったのですが、Aさんは商品を使いながら「手に頬がくっつくくらいベタつくのが、保湿の証拠」と力説されたのです。
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