「お客様第一主義」「顧客目線」など、顧客のニーズや感覚を大切にする趣旨の言葉を多くの企業が経営の目標に掲げている。だが、そうした企業はビジネスの結果を左右する顧客の心を見ているのだろうか? 顧客行動の結果でしかない売り上げや利益など財務諸表しか見えていないのでは——。そう問いかける西口一希氏は、P&Gで「パンパース」や「パンテーン」などのブランドを手掛けた後、ロート製薬やロクシタンジャポン、スマートニュースの事業を成長させてきた。さらに、その経験を生かしてM-Forceを共同創業し、多くの企業を支援している。西口氏による本連載では、マーケットを構成する顧客の全体の姿を可視化・定量化し、動態で捉えて事業成長に直結させる「顧客起点の経営」をひもといていく。

(写真:Shutterstock)
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「次回使用意向」から見た決済サービスの行方

 前回は、ターゲット顧客の定義である「TAM(Total Addressable Market)」について解説しました。今回は続いて、TAMを5つないし9つのセグメントに分ける「5segs」および「9segs」、カスタマーダイナミクスの運用へと入っていきます。

 最初に、2年前の2019年2月に私の会社で行った電子マネーブランドの調査事例を一部紹介します。各ブランドについて「知らない(未認知)~毎週使用している(ロイヤル顧客)」の区分、および「次回も使用したいか」を尋ねたもので、ブランド内部にいなくとも第三者の立場で行える調査です。

 24−50歳の男女1300人を対象に実施したところ、各ブランドの顧客構成は、以下の図のようになっていました。まだ記憶に新しいかと思いますが、2018年は、PayPayやLINE Payなどの様々な新興QRコード決済ブランドが導入されて、TVCM宣伝と同時に大規模な割引提案を何度も行い、加盟店舗を全国に広げて一気にユーザー獲得していました。

 このタイミングで各ブランドの特性を分析したのがこの調査です。図の青のハイライトを見ていただくと、2019年2月時点での各ブランドの使用率は、新たに登場したPayPayは8.4%、LINE Payが6.0%、楽天ペイが8.1%と、歴史の長い楽天Edy の11.2%、Suicaなどの交通系の17.7% 、流通系である7&iグループのnanacoの12.8%、イオングループのWAONの9.2%を一気に追い上げていました。これだけで見れば、QRコード決済ブランドは大躍進したように見えます。実際に、世の中のメディアの論調も新しいQRコード決済の素晴らしさを取り上げていました。

電子ペイメントに関する調査 (2019年2月)
対象:24−50歳の男女
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 しかしながら、ここには、外からは見えていない大きなリスクがあったのです。どのような業界やカテゴリーにおいても、そのロイヤル顧客は次回も購入してくれる顧客ばかりではありません。他のブランドに乗り換える気持ちになっている顧客が一定割合で必ず含まれており、これが離反し、投資効率を下げていく大きなリスクになるのです。

 この調査で、各ブランドのロイヤル顧客に「次回も同じブランドを使用するかどうか」という次回使用意向を聞いていますが、ブランドごとに大きな差があることが分かります。黄色ハイライトで示した各ロイヤル顧客内に占める「次回使用意向あり」顧客割合を見ると、PayPayは17.4%、LINE Payは44.0%で高めで、楽天ペイは28.0%。一方で、楽天Edyは49.2%、Suicaなど交通系は36.1%、nanacoが21.0%、WAONが34.8%です。

 つまりPayPayは、大規模な投資で一気に顧客を獲得して世の中で使われるようになっていましたが、この後、多くのロイヤル顧客を失い続けるリスクがあり、このままの状態で拡大することには限界があったのです。新たな割引キャンペーンで新規顧客を獲得しても高い割合で離反する状態であり、投資効率は上がらないことが見えています。

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