「お客様第一主義」「顧客目線」など、顧客のニーズや感覚を大切にする趣旨の言葉を多くの企業が経営の目標に掲げている。だが、そうした企業はビジネスの結果を左右する顧客の心を見ているのだろうか? 顧客行動の結果でしかない売り上げや利益など財務諸表しか見えていないのでは──。そう問いかける西口一希氏は、P&Gで「パンパース」や「パンテーン」などのブランドを手掛けた後、ロート製薬やロクシタンジャポン、スマートニュースの事業を成長させてきた。さらに、その経験を生かしてM-Forceを共同創業し、多くの企業を支援している。西口氏による本連載では、マーケットを構成する顧客の全体の姿を可視化・定量化し、動態で捉えて事業成長に直結させる「顧客起点の経営」をひもといていく。
前回までは第1のフレームワーク「顧客起点の経営改革」を紹介し、ブラックボックスである顧客心理の変化の捉え方を解説した。今回からは第2のフレームワーク「顧客動態(カスタマーダイナミクス)」を使い、変化する顧客をどう捉えていくかを考える。

「TAM」を見直して拡大を遂げたアマゾンとネットフリックス
今回から、第2のフレームワークに入っていきます。はじめにひとつ、ご質問をしたいと思います。
皆さんは、自社の事業やプロダクトの「ターゲット顧客全体の定義は何ですか?」「それは何人、もしくは何社ですか?」と聞かれたら、どう答えるでしょうか。その定義や顧客構成は、昨年に比べて変化していますか? 変化しているとしたら、それは外部要因の影響でしょうか、それとも自社主導で顧客に何かを働きかけた結果でしょうか?
ここでいう「ターゲット顧客」は、現在購入していただいている方だけではありません。当該プロダクトの現在の顧客はもちろん、将来的に獲得したいが今は認知もしていない潜在顧客も含めたマーケット全体を指します。そして、それを「TAM(Total Addressable Market)」と呼びます。当該プロダクトが100%シェアを獲得した場合の顧客の総数です。
このTAMを戦略的に捉え直し、急拡大しているのが、皆さんもおなじみのアマゾンやネットフリックスです。
アマゾンは、ビジネス立ち上げの初期のTAMを「音楽CDや書籍を楽しむ層」に絞っていたという見方ができます。プロダクト(ECとしてのサービス)が進化し、顧客との関係性が強まるに従って、TAMを拡大し、今ではTAMは「ECで届けることが可能な全ての物品を求める層」に広がっています。
ネットフリックスも立ち上げ時は、「映画やドラマを楽しむレンタルビデオ店舗の顧客」をTAMとして、彼らにDVDを郵便で送付するサブスクリプションビジネスでした。その後、何度かの経営危機を乗り越え、TAMを「自宅のTVやモバイル機器からインターネット接続で映画やドラマを楽しみたい全ての顧客」に広げることで、大躍進を遂げています。
アマゾン、ネットフリックス共に、インターネットとモバイル機器の急速な社会浸透という環境変化に応じてTAM自体を見直し、そして顧客に提供し得る自社プロダクトの中身と便益を見直して、継続的に事業拡大しています。
第2のフレームワーク「顧客動態(カスタマーダイナミクス)」の運用は、まずTAMを定義することが第一歩になります。以下、フレームワークの概要と成り立ちを、順を追って解説します。
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