「お客様第一主義」「顧客目線」など、顧客のニーズや感覚を大切にする趣旨の言葉を多くの企業が経営の目標に掲げている。だが、そうした企業はビジネスの結果を左右する顧客の心を見ているのだろうか? 顧客行動の結果でしかない売り上げや利益など財務諸表しか見えていないのでは——。そう問いかける西口一希氏は、P&Gで「パンパース」や「パンテーン」などのブランドを手掛けた後、ロート製薬やロクシタンジャポン、スマートニュースの事業を成長させてきた。さらに、その経験を生かしてM-Forceを共同創業し、多くの企業を支援している。西口氏による本連載では、マーケットを構成する顧客の全体の姿を可視化・定量化し、動態で捉えて事業成長に直結させる「顧客起点の経営」をひもといていく。

 前回までは顧客起点の経営改革のフレームワークについて説明してきた。今回は西口氏が代表を務めていた南フランス系のコスメティックブランド、ロクシタンの日本法人ロクシタンジャポンが、顧客のニーズを捉え、収益力を回復させた事例をケーススタディーとして取り上げる。

ロクシタンは世界90カ国に進出するグローバルなコスメティックブランドだ(写真:Shutterstock)
ロクシタンは世界90カ国に進出するグローバルなコスメティックブランドだ(写真:Shutterstock)

南仏プロバンスのコスメブランド「ロクシタン」

 今回は、筆者が代表として関わった、フランス系コスメブランドのロクシタンの再生事例を紹介します。前回までに解説した「顧客起点の経営改革」のフレームワークを適用し、その過程を読み解いていきます。

 ロクシタンは南フランスのプロバンス地方で生まれたライフスタイルコスメで、世界90カ国以上で展開しています。日本にも2000年代前半に本格進出し、百貨店を中心に出店を重ねていました。プロバンス地方の自然に根差した圧倒的な独自性のある商品を展開し、多くのファンをつかみながら、年々売り上げを伸ばしていたのです。

 特に売り上げを支えていたのは、ロクシタンのコンセプトや独自性のある商品に強い愛着を持つ「ロイヤル顧客」です。ロクシタンは基本的に自社店舗のみで販売し、南フランスを彷彿(ほうふつ)とさせる美しい店頭展開とPRを軸にして、多くの在庫を抱えないことで「希少性がある」「すぐに売り切れてしまう」ブランドとして認知を広げてきました。その結果、多くのロイヤル顧客が全ての新商品を収集するかのように競い合って購入するまでになっていました。

 日本での成功が世界をけん引する形で、ロクシタンの売り上げを大きく伸長させ、2010年に株式市場に上場しました。ですが一転、この頃から費用の積み上がりが早くなり、利益率を圧迫していったのです。

 売り上げは伸ばしつつ、高い利益率を2年以内に取り戻す。そのことを目的に、私は2015年に日本法人代表に就任しました。売り上げを落としてでも利益率を確保するのではなく、両立させるというチャレンジでした。

 着任早々に分かったのは、従業員の皆さんが、意識は高くとも毎日多くの仕事と作業に忙殺されている実態でした。残業に加え休日出勤も常態化し、幹部を含めて全ての従業員が売り上げの維持に必死で、いかなる仕事もやめることができず、新しい戦略や施策を打ち出そうにも全く余裕がない状態だったのです。当然、それは離職率にも表れており、年間2桁を超えるほどでした。ヨーロッパの本社からは、様々なサポートの打診があるものの、それが必要かどうかの返事すらままならず、本社も日本の現場の実態をつかみかねていました。

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この記事はシリーズ「「顧客起点の経営改革」~経営に「顧客」を取り戻す」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。