景気の停滞、人口減、さらに終わりが見えない新型コロナウイルスのまん延──。多くの日本企業にとって、現在の経営環境はまさに逆風が吹き荒れる状況だ。業績を伸ばそうにも打開策を見いだせず頭を抱える経営者は多い。だが、果たして問題は外的要因だけなのか。
社内を見回すと、商品と市場とのミスマッチ、営業力の低下、マーケティング戦略の不発、デジタル化の遅れ……様々な課題が目につくかもしれない。だが課題の本質はどこにあるのか。そして解決の糸口はあるのか。
「40社以上の経営とコンサルティングの結果、日本企業が抱える問題は1つの原因に集約されると確信した」──。そう語るのはマーケティングや企業育成で知られる西口一希氏だ。西口氏は、P&Gで紙おむつの「パンパース」やヘアケア商品の「パンテーン」といったブランド事業を手掛け、2006年にロート製薬に移ってから、スキンケアブランドの「肌ラボ」を年商20億円から160億円にまで育て上げた。さらにその後、ロクシタンジャポンの代表取締役社長として2年で最高収益化に貢献し、スタートアップのSmartNewsでは日本と米国のマーケティング責任者として時価総額1000億円を超える成長に重要な役割を果たし、手掛けるブランドを大きく成長させてきた実績を持つ。
その西口氏は近年、経営やマーケティングのコンサルティングに加え、調査・分析事業も展開しており、その過程で「企業が抱える問題の原因が見えてきた」と言う。問題の原因とは何か。西口氏は「急激に時代が変化、顧客が変化する中で、企業経営者に顧客が見えなくなっていることだ」と指摘、さらに「解決の方法も見えてきた」と話す。多様な事業で実績を積み上げてきた西口氏が言う「問題の解決の方法」とはどんなものなのか。どうすれば、顧客が見えるようになるというのか。
日経ビジネス電子版は、西口氏による新連載「顧客起点の経営改革」をお送りする。西口氏が解説する第1回に先立ち、改めて現在の問題意識、連載の狙いを聞いた。

M-Force 共同創業者 取締役 / Strategy Partners 代表取締役 / 日本企業成長 投資戦略アドバイザー
1990年P&Gに入社、マーケティング本部にてブランドマネージャー、マーケティングディレクターを歴任。2006年よりロート製薬 執行役員マーケティング本部長として60以上のブランドマーケティングを統括。15年4月よりロクシタンジャポン代表取締役社長、16年にグループ最高利益を達成。その後、アジア初のグローバルエグゼクティブメンバー、社外取締約戦略顧問。17年からスマートニュースに日本と米国のマーケティング担当執行役員として参画。日本と米国を同時成長させ、累計5000万ダウンロード、月間使用者数2000万人を達成、19年8月に企業評価金額が10億ドル(約1000億)を超える国内3社目のユニコーン企業となるまでの急成長に貢献。同年、企業への顧客起点のマーケティングおよび経営の導入を支援するM-Forceを共同創業。日本企業成長投資 アドバイザー。Strategy Partners 代表取締役。著書に『たった一人の分析から事業は成長する 実践 顧客起点マーケティング』(翔泳社)、共著に『アフターコロナのマーケティング戦略 最重要ポイント40』(ダイヤモンド社)。(写真=北山宏一)
モノやサービスが飽和状態にある一方で、新型コロナウイルスのまん延など、売り手にとって厳しい状況が続いています。西口さんは、競争が激しい消費財やサービスの分野で売り上げを急激に伸ばした手腕で知られます。その後、数多くの企業へのコンサルティングも手掛けていますが、今、企業が抱える課題とは?
西口一希氏(以下、西口氏):企業が顧客に売っているのは商品やサービスではありません。その商品・サービスを通じて顧客に提供している「便益」なのです。悩みを抱える経営者の皆さんと話していると、自社の商品・サービスが提供している真の「便益」が見えなくなっています。つまり、なぜ買ってもらっているのかが分かっていない。そして今、どんなニーズや特徴を持つ顧客が、どんな「便益」を得るために、自社の商品を買っているかが理解できないから、今後、どんな潜在顧客に、何を提案すべきかが見えない。経営には販売、マーケティング、組織、人事など多種多様な課題があるように見えますが、実は、これがすべてに共通する根本課題です。
なぜ顧客が見えていないのでしょう。また、見えている経営者もいるのでしょうか。
西口氏:スタートアップの経営者や、大企業でも、ニトリホールディングス会長の似鳥昭雄氏のようにオーナー経営者で自ら現場に立つ人には顧客が見えていると思います。しかしながら、売り上げ規模が数十億円を超え、組織が100人を超えるあたりから、経営者は顧客が見えなくなってくる。規模の拡大に伴って、組織や人材のマネジメント、営業組織の拡大、対外的な交渉や調整などに時間も意識も取られ、これまで目の前に見えていたリアルな顧客と商品の関係が見えなくなっていくのです。大きくなった組織において、それは経営者の仕事ではなく、担当役員や現場の仕事だと割り切ってしまうのです。
かつて昭和の時代は人口増加で、どんなカテゴリーもマーケット自体が拡大していました。一度、売れる商品やサービスをつくると、営業人員を増やし、販路を拡大し、商品の認知をマス広告で拡大し、大量生産で原価を下げれば、それに伴って売り上げも利益も自動的に伸びたのです。しかし、人口の伸びが止まり、デジタル販路が出現し、昭和の単純な水平拡大は通用しなくなりました。自社が優先すべき顧客を捉え、その顧客に徹底的に尽くす商品提案と提案方法を見極める必要があるのです。
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