1月27日、衆院予算委員会で答弁する日本銀行の黒田東彦総裁。上場投資信託(ETF)の含み益が12兆円だとした(写真=共同通信)

 本連載もいよいよ最終回となった。これまでの各回をお読みいただいた読者の皆様に感謝申し上げるとともに、今回はこれまでの筆者の説明を振り返り、その主要な点をまとめてお示ししたい。

 リフレ論争は単なる学術論争にとどまらず、1つの社会現象となった。これは、リフレ派に属する論者が歩調を合わせて提示した政策が政府与党に受け入れられ、完全な形で実現したのみならず、リフレ派メンバーが次々と日本銀行の執行部・政策委員会に入り、政策の策定・実施にまで直接関与するに至ったことによるものである(*1)

*1 学識経験者やエコノミストを日銀執行部や政策委員会に受け入れることは、新日銀法の施行(1998年4月)以降、継続している。しかし、2013年の岩田規久男の副総裁就任以前は、特定の金融政策論や政策処方箋に強くコミットした人物が選ばれたことはなかった。

 これは経済政策の歴史の中で、日本に限らず世界でも珍しいことではないだろうか(*2)。それだけに、この現象がどのような経緯をたどり、どのような結果をもたらしたのか、十分に検証し、評価する必要がある。

*2 似たようなケースとして筆者が思いつくのは、1970~80年代のマネタリズム論争である。79年に当時のポール・ボルカー米連邦準備理事会(FRB)議長は、インフレ抑制のため、通貨量の伸びを抑えることを目的に掲げた金融政策を導入した。このとき、マネタリストの主張にのっとった政策が採用されたとの観測がなされ、マネタリズム創始者のミルトン・フリードマンは当初これに期待を寄せた(Friedman[1979])。しかしほどなくしてフリードマンは、マネーの伸び率は以前より不安定化しているとして、FRBの政策を強く批判することになる。フリードマンはFRBの執行部に入ったわけではないので、「マネタリスト的に見えても正しいマネタリズムではない」と批判することができた。しかしリフレ派は、所期の結果が出なかった場合に、「QQE(量的・質的金融緩和)は正しいリフレ政策とは似て非なるものだった」と主張することはできない。

QQEの功罪

 本連載を通じて説明した筆者の量的・質的金融緩和(QQE)評価は、おおむね以下の通りである。

(1) QQE導入以前にリフレ派が主張した金融政策パッケージ(大規模な量的・質的緩和とインフレ・ターゲティング[以下、IT]の組み合わせ)は、一定の理論的、実証的根拠を有していた。しかし、こうした根拠は強固なものではなく、その妥当性や普遍性には異論があった。また、深刻な副作用を引き起こすリスクも排除できなかった。

(2) 実際にQQEが導入されると(より正確には、2012年末に当時の安倍首相がリフレ・イニシアチブを始めると)、金利、為替、株価といった市場変数、そして政策成功のカギになると考えられていたインフレ期待は、期待通り、あるいは期待以上に反応した。これに伴って総需要は高まり、需給ギャップが縮小した。

(3) しかし、QQEの実体経済への影響には、いくつかの期待外れがあった。またインフレ率も、当初はある程度上昇したが、ほどなくして息切れが顕著となった。これには消費増税など外的要因の影響もあったが、リフレ派が想定していたいくつかのメカニズムが実際には機能せず、QQEの効果が十分ではなかったことによるものも大きかったと考えられる。

(4) 具体的には、マネタリーベースの増加がマネーを増やし、総需要や物価に影響を与えるというリフレ派の単純な、抽象化された枠組みは、現実にはワークしなかった。IT導入により人々のインフレ期待が変化して均衡がジャンプするという、より洗練された経済理論もしかり。そして、マネタリーベースが人々のインフレ期待を動かすというリフレ派の「大発見」も、QQE開始後ほどなくして雲散霧消してしまった。

(5) この結果、QQEの下で日本経済は改善したものの、リフレ派が掲げていたような目覚ましい復活は生じていない。QQEは表向き継続しているが、量的緩和、ITはいずれも変質あるいは事実上終焉(しゅうえん)している。ただ、QQE導入前に反リフレ派によって懸念された重大な副作用もこれまでのところ表面化しておらず、この部分についてリフレ派の主張はおおむね正しかった。以上を踏まえると、QQEは2000年代に実施された量的金融緩和(QE)と同じく、「微益微害」の政策だったと評価できる(*3)

*3 この評価は、QQEの「出口」で何が起こるかを見極めない限り、確定することはできない。黒田総裁は一貫して「出口戦略の議論は時期尚早」と言い続けており、筆者は当初、何たる無責任な態度かと憤りを感じた。しかし今日までの展開を見ると、これは黒田が、インフレ目標が達成される可能性は乏しいと予見していたことの表れなのかもしれない。

 池尾(2013)は、QQE開始直後に出版された著書において、「七割程度の確率で、資産価格の大きな変動はみられても、実体経済(物価)面ではそれほど劇的な変化は起こらないのではないか (略) いわば『大山鳴動、ネズミ一匹』というのが、筆者の想定するメイン・シナリオである」と述べているが、完璧な予想的中である。

続きを読む 2/3 リフレ派の功罪

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