2018年4月、安倍晋三首相(当時、右)と握手する、再任された黒田東彦日銀総裁(左)。(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
2018年4月、安倍晋三首相(当時、右)と握手する、再任された黒田東彦日銀総裁(左)。(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 わが国の金融政策は袋小路に陥っている。量的緩和は表向き継続しているが、その効果と持続性の限界が明らかとなり、マイナス金利とイールドカーブ・コントロール(YCC)の導入により金利ベースの政策への回帰が生じている。しかしこれとても、低過ぎる金利の弊害が意識されるに至り、黒田総裁が「マイナス金利の深掘り」に言及しても現実味は乏しい。

 2%のインフレ目標は維持されているが、達成の見込みが立たない中、インフレ・ターゲティング(以下、IT)政策の精神は既に失われている。今回はこうした袋小路の状況を概観し、リフレ派の反応を見てみよう。

量的緩和の限界

 量的・質的金融緩和(QQE)は名目・実質金利を低下させ、為替、株価にも大きな影響を及ぼした。しかし、こうした市場変数の改善への実体経済の反応にはいくつかの「期待外れ」があり、インフレ目標の達成時期も繰り返し後ずれを余儀なくされた。2014年10月には量的緩和が強化され、マネタリーベースの増加目標は当初の年60~70兆円から約80兆円に引き上げられた。

 しかし、それでも政策目標の早期達成はおぼつかないとの見方が強まり、このペースでの資産購入が続くといずれ購入可能な国債が枯渇するとの懸念が生じた。この結果市場では、QQEの継続性を疑う声が高まった。

 こうした状況下、2016年に急激な円高が発生し、前年末には120円台だった円・ドル相場は、8月には一時100円割れが生じるところまで上昇した。このときの状況を、岩田(2018)が赤裸々に書き残している (*1)

*1 岩田規久男『日銀日記 五年間のデフレとの闘い』(2018)第6章。

 何らかの追加的緩和措置が必要との認識の下、この年岩田(当時日銀副総裁)は、リフレ派同志に何度か対策について意見を徴している。そのとき同志のほとんどが、量的緩和の一段の強化(年100兆円への増額)を提案した。購入可能な国債の枯渇が囁(ささや)かれているにもかかわらず、である。

 このとき岩田は、悩みに悩んだ末、量的緩和の強化によって望むような政策効果が得られるか「十分な自信を持てず」、この案を捨てて10月のYCC導入を支持する。20年来リフレ派が唱えてきた政策論の破綻を、直視せざるを得なくなった瞬間だったのではないだろうか。YCC導入後も日銀の資産購入は続いたが、そのペースは明確にスローダウンし、ひそかな量的緩和の縮小(ステルス・テーパリング)が行われているのではないかとの見方が強まった。

「IT精神」の喪失

 金融政策はインフレを直ちに動かせるわけではなく、その効果は1~2年のラグをもって発現する。従ってITの下で中銀は、1~2年後のインフレ率を目標水準に誘導すべく、今日の政策を選択する。しかし、将来のインフレ率がどうなるか確たることは分からないので、予想を立てるしかない。この予想が目標値を上回っていれば現時点で政策を引き締め、下回っていれば緩める。

 このためITは、インフレを目標とする政策というより、むしろ(中銀が自ら作成する)インフレ予想を目標とする政策だといわれることがある (*2)

*2 中銀が自ら予想を立てなくても、金融市場や様々なサーベイから民間のインフレ期待について情報を得、これが目標値近傍に収まるように政策を決めることにしてもよさそうなものである。しかし(少なくとも理論的には)このやり方はうまくいかず、あくまで中銀自身が予想するインフレの将来値を基に政策を決める必要がある。

 以上から、中銀が1~2年後のインフレ率は目標値近傍にあると予想することは、現在の金融政策は適切だと判断することと同義であり、そうした予想ができない場合には、直ちに政策を改める必要があることになる。

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この記事はシリーズ「金融政策の混迷――リフレ派は何を訴え、何を残したか」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。