量的・質的金融緩和(QQE)の下で大胆な量的緩和が実行されたにもかかわらず、マネーサプライに目立った影響が及ばなかったことを第4回に示した。これはリフレ派の想定する「マネタリーベース → マネーサプライ → 物価・景気」という重要な政策波及経路が、ワークしなかったことを意味している。

 この経路はその第1段階(マネタリーベース → マネーサプライ)で頓挫しているので、第2段階(マネーサプライ → 景気・物価)を論じる意味は乏しいかもしれない。しかし、リフレ派の主張を評価するためには、彼らが第2段階について何を言っていたかも検討する必要がある。そこで今回は、リフレ派が量的緩和の根拠としてきた「ワルラス法則」について説明する 。 

リフレ政策の理論的基礎「ワルラス法則」とは?

 リフレ派は 「ワルラス法則」に言及しつつ、「日銀がより多くの貨幣を供給して貨幣の超過需要を解消すれば不況や失業を解消できる」と主張してきた。事の発端は、2010年2月16日、衆院予算委で山本幸三議員(自民)がした質問と、白川方明総裁(当時)による答弁である。ここにその要点を再現しよう。

山本:「今、GDP(国内総生産)ギャップが35兆円ぐらいあるといわれていますね。物の世界で35兆円の超過供給の状況だ。そうすると、お金の世界ではどうなるんだと。ワルラスの法則というのがありますね、ワルラスの一般均衡。これは、あなたはご存じでしょうけれども、どういうことになるか分かりますね」

白川:「こういう席でワルラスの法則という言葉をちょっと申し上げるのはあれですが、ワルラスの法則は基本的には経済が完全雇用の世界での話ですから、今先生が議論されているこの不完全雇用、つまり大きな需給ギャップが問題になっている下でワルラスの法則を当てはめてというのはどうかなという感じはいたします」

山本:「ワルラスが言っているのは、ある分野で超過供給があったら、他の分野では超過需要が起こっているということを言っているわけでしょう。それで、全体を見れば均衡しますよ、そういうふうに価格が調整しますよと言っている ……それからいうと、財の世界で三35兆円の需給ギャップがあるんだ、つまり供給超過ですね。

 そうすると、お金の世界ではその分だけの超過需要があるんですよ。そうしないと、均衡しない。つまり、世の中の人は、今、一番安心で安全なキャッシュが欲しいんですよ、現金が。……… 何か物を持っていたらそれを売って、あるいは、買いたい物があろうとそれを買わないで、とにかくキャッシュあるいはキャッシュに近い物を持とうとする意欲が強過ぎるんですよ。だから、…… これを十二分に供給してやらない限り、動かないんですよ。これが量的緩和のやるべきことですよ」

2010年2月16日、衆院予算委に出席する白川方明日銀前総裁 (写真:共同通信)
2010年2月16日、衆院予算委に出席する白川方明日銀前総裁 (写真:共同通信)

 その後、山本は自らの著書(山本[2010])において、「経済学をしっかり勉強した人なら常識である『ワルラス法則』」を「白川総裁は知らなかった」として、勝利宣言を行っている。また10年7~8月には、リフレ派が著書やウェブ記事で次々とワルラス法則に言及し(浜田・若田部・勝間[2010]、飯田[2010]、高橋[2010])、浜田は白川の答弁を「まったくの誤り」だとし、また飯田は「『ワルラスの法則は均衡においてしか成り立たない』といった中央銀行総裁がいたという噂があるが、それは誤りである」と述べている。

この記事は会員登録で続きをご覧いただけます

残り3856文字 / 全文5282文字

日経ビジネス電子版有料会員になると…

特集、人気コラムなどすべてのコンテンツが読み放題

ウェビナー【日経ビジネスLIVE】にも参加し放題

日経ビジネス最新号、10年分のバックナンバーが読み放題

この記事はシリーズ「金融政策の混迷――リフレ派は何を訴え、何を残したか」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。