これら2つの方策は2001~06年のQE(量的緩和)の下である程度実施されたが、マネーサプライでの反応は乏しかった。しかし、QEは量的・質的金融緩和(QQE)と比べはるかに小規模な政策だったため、リフレ派は引き続き、やり方を変え規模を大きくすれば、量的緩和はマネーサプライを増やすと考えた(*4)

*4 リフレ派は、03年に出版した金融政策の転換を求める本を2013年に再刊しているが(岩田[2003、2013])、その中で岩田は「長期国債買いオペを大増額せよ」と訴えている。

 岩田による2つの反論はいずれも疑わしく、その理由をここで説明することも可能だが、その必要はあるまい(*5)。QQEの下で長期国債を含む大量の金融資産の買い切りオペが行われてきたが、その結果何が起こったかを見れば十分である。13年以降、準備預金供給額が爆発的に増加した一方で、マネーサプライの緩やかな増加ベースはQQE前と変わっていない(図1)。

*5 「足の長い資金供給」説については、QE初期の段階で小宮(2002)によって論駁(ろんばく)されている。また「資産売却代わり金の預金保有」説については、少なくとも国債に関する限り、QQE下の日銀による大量購入にほぼ見合う形で銀行の保有国債が減少しており、銀行の資産が国債から日銀預金に振り替わっただけだった(この場合、マネーサプライへのインパクトはゼロ)。

 そしてこの裏側で、「マネーサプライ÷準備預金額」で与えられる現実の信用乗数値は劇的に低下した(図2)。要するに、「市中銀行がその資金を収益獲得のための貸し出しに活用する」の部分が乗数理論の想定する通りに機能せず、「マネタリーベースからマネーサプライへ」という波及経路は働かなかったのである(*6)

*6 QQEの下でマネーサプライが伸びなかったのは、偶然ではなく必然である。この点についての説明は池尾(2016)参照。若田部(2012)は、「中央銀行がお金を市場に出すことがそのまま、『貨幣の供給』になるかどうかは、経済学ではいろいろな議論があります」と述べ、マネタリーベースの増大がマネーサプライを増加させない可能性を認めている。しかしこれに続いて「が、ここでは単純化して考えてください」と述べ、この重要な問題をあっさり捨象している。この本の題名は『もうダマされないための経済学講義』なのだが、QQEの下で起こったことを踏まえると、若田部の講義は正に経済学を使って読者をダマすことになったのではないかと感じる。
(図の注)M2は現預金、準通貨(定期預金)、譲渡性預金(CD)からなる代表的なマネーサプライ指標。水準の差があるため左右別目盛りを付しているが、目盛りの間隔は同一(いずれも100兆円)。
(図の注)M2は現預金、準通貨(定期預金)、譲渡性預金(CD)からなる代表的なマネーサプライ指標。水準の差があるため左右別目盛りを付しているが、目盛りの間隔は同一(いずれも100兆円)。
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マネタリーベースから為替相場へ

 では、量的緩和が為替円安を通じて景気や物価に好影響を与えるという主張はどうか。このメカニズムは、次のように考えると分かりやすい(*7)

*7 金利低下が為替安を生むメカニズムはよく知られているので、ここでは説明しない。問題は既に金利がゼロ%まで下がり、それ以上の低下余地がない状況において、量的緩和によって為替を減価させられるか否かである。

 リンゴとミカンの相対価格(リンゴの価格/ミカンの価格)を考えよう。もしリンゴが大豊作となったり、人々 のミカンに対する嗜好が何らかの理由で高まったりすると、リンゴの相対価格は下落する。ここでリンゴを円、ミカンをドルに置き換えると、円・ドル相場は両者の相対価格である。

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この記事はシリーズ「金融政策の混迷――リフレ派は何を訴え、何を残したか」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。