2013年4月、就任から間もなく衆院予算委に出席した日銀の黒田東彦総裁。右端は安倍晋三首相(当時)(写真:共同通信)
2013年4月、就任から間もなく衆院予算委に出席した日銀の黒田東彦総裁。右端は安倍晋三首相(当時)(写真:共同通信)

 前回、中央銀行の負債が拡大することから生じる量的緩和の効果として、リフレ派が以下の3つを主張してきたと述べた。

(1)中銀負債の規模を代表する概念としてのマネタリーベース(=準備預金+流通現金。狭義のマネー)の増加はマネーサプライ(銀行預金を含む広義のマネー)を増やし、これが総需要を押し上げる。
(2)マネタリーベースの増加は円安を生む。
(3)マネタリーベースの増加は期待インフレ率を押し上げる。

 今回はこのうちの(1)、(2)を取り上げ、その妥当性をチェックすることにしよう(*1)

*1 (3)の期待インフレ率との関係は次回論じる。

マネタリーベースからマネーサプライへ

 中央銀行の負債が増大すると、なぜマネーサプライが増えるのか。その理由として想定されているのは、「信用乗数」と呼ばれる理論である。その仕組みは若干複雑だが、要点のみ述べると次のようになる(*2)

*2 このメカニズムの詳細については齊藤他(2010)第14章4-6 参照。

 中銀がオペレーションなどを通じて準備預金の供給量を増やすと、市中銀行が収益獲得のためその資金を貸し出しに活用する限り、マネーサプライは「準備預金の追加的供給量×信用乗数」分だけ増加する。

 信用乗数の理論値は「1/預金準備率」に等しく、わが国の準備率は預金の種類や金額に応じて0.05%から1.3%に設定されているので、日銀による追加的な準備預金供給はその77倍から2000倍のマネーサプライを創出する計算になる。

 いかにもパワフルなメカニズムのように見えるが、これが働くかどうかは銀行の行動次第である。この点は、他の銀行への貸し出し(インターバンク貸し出し)を考えると最も分かりやすい(*3)。量的緩和の下では、短期金利全般がゼロ%近傍に下落しており、短期のインターバンク金利も同様である。

*3 インターバンク貸借を通じて準備預金が他の銀行に移っても、それ自体はマネーサプライに影響を与えない。しかし、こうして資金を獲得した銀行がそれを顧客向け貸し出しに使えば、そこから信用乗数のメカニズムが働く。

 余剰資金を他行に貸しても金利が稼げないなら、「収益獲得のために活用」しようがない。この結果、個々の銀行は日銀から供給された追加的資金を当座預金に積み上げるだけで、日銀の政策アクションがそこから先に波及することはない。

 たとえ短期市場金利がゼロ%に低下しても、企業や個人向けの貸出金利はゼロではない。しかし、貸し出しには固有のコストやリスクがあるため、銀行は余剰資金があるからといって直ちに融資に踏み切るわけではない。リスクとリターンを斟酌(しんしゃく)し、貸出金利が十分下がってその魅力が薄れれば、たとえ無利子であっても当座預金を積み上げる方を選ぶだろう。従って、乗数理論が働くか否かは、そのときの状況次第である。

 現実の銀行貸し出しは1993年以降伸び悩みが顕著となり、99年からはゼロ金利政策にもかかわらず前年比マイナスを記録するようになる。当時この現象は、不良債権を抱えた銀行セクターの慎重な融資姿勢や景気不振による需資の減退により説明されており、日銀や反リフレ派は「従って量的緩和をしても銀行貸し出しやマネーサプライの増加は見込めない(信用乗数は働かない)」と解釈していた。

岩田の反論とその妥当性

 これに対して岩田規久男(2000a、 b)は、2つの反論を提示した。第1に、準備預金供給の際に長期国債の買い切りオペのウエートを高めれば、銀行は「足の長い」資金を得たと認識し、銀行の貸し出し意欲が高まる。第2に、たとえ銀行貸し出しが増えなくても、日銀が金融資産を大量に買い上げれば、その資産を保有していた主体が売却の代わり金を預金で持つため、マネーサプライは増える。

続きを読む 2/4 マネタリーベースから為替相場へ

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