渋沢栄一の「論語と算盤(そろばん)」、松下幸之助の「社会貢献が使命、その報酬が利益」……。多くの名経営者が掲げる「道徳と経済の両立」の理念を、日本で初めて全国に広めた石田梅岩。彼の思想が日本人に残した影響を考察する、「江戸のSDGs」石田梅岩編の第2回は、「経済学の父」と称されるスコットランドの経済学者、アダム・スミスとの共通点について取り上げる。

 個人が利益を追求することによって、社会全体の利益となる望ましい状況が「見えざる手」によって達成される――。市場原理を著書『国富論』で説いたスミスと梅岩の共通点とは? 梅岩の研究者である大阪学院大学経済学部教授の森田健司氏に聞いた。

森田先生は「道徳なしに市場なし」という点で、スミスと梅岩は同じ思想を持っていたと指摘されています。

森田健司氏(以下、森田氏):市場原理や、それを前提とした分業の意義を説いた『国富論』(1776年)の前に、スミスは『道徳感情論』(1759年)を記しています。『国富論』は『道徳感情論』の議論を前提にしていることが、経済学の中でこれまで十分に意識されてこなかったと思います。

 市場の参加者が自己の利益を追求していても、そうした行為の蓄積が社会全体の利益の増大をもたらす、というのが「見えざる手」にたとえられる市場原理です。ただ、だからといって市場で何をしてもいいとスミスが考えていたわけではありません。『道徳感情論』の中で、スミスは市場というシステムへの「参加資格」、つまり社会における人間のあるべき姿を丁寧に描いています。

 人間が日々生活をしていくためには、共同体が必要不可欠です。そして、共同体を維持・発展させていくためには、自分勝手なふるまい、利己主義を抑制しなければなりません。自らの心の中に「中立的な観察者」を持ち、感情や行為を、周囲の共感が得られるような適切なものにできる人、そして「自己愛」を抑制し、周囲を思いやることのできる人が、スミスが考える「人間のあるべき姿」です。逆に、そういった人たちでなければ市場には参加できないということを、とても強烈に言っています。

 道徳よりも法律、すなわちルールを守っていればいいと考える「ルール至上主義者」ではなく、モラルを持った人々でなければ、市場というシステム、あるいは市場を支える様々な共同体を破壊してしまうとスミスは危惧していました。しかし、スミスがここまで丁寧に考えていた道徳と市場の関係性は、時間の経過とともに忘れられてしまったように思います。

石田梅岩は著書『都鄙問答』の中で、商人が持つべきモラルを説いた

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